「影の棲む城」

イメージ 1

自分からは、通常なら目を通さない分野なのに、
献本リストにあって、なぜか心惹かれてしまったのが、
Lois Mcmaster Bujold の「影の棲む城」上下巻で、
原題は「Paladin of Souls」となっている本でした。
これが興味深く、刺激的で、物語に引き込まれてしまい、
上下巻合わせて730ページを、5日間で読み終えました。
読むのが遅い僕にとっては、驚異的な早さでした!

僕はこの分野のことは、まったくの初心者ですけど、
この物語は、ビジョルドの五神教シリーズ第二弾として、
ヒューゴー、ネビュラ、ローカス各賞を受賞しており、
この分野の作品としては、有名な秀作なのでしょう。
シリーズ前作「チャリオンの影」もミソピーイク賞受賞で、
門外漢としては、どうしてこんなにたくさん賞があるのか?
と訝しんでもしまいますが、やっぱり面白いのです。

物語は、イスタ・ディ・チャリオン(チャリオン国太后)が、
半ば幽閉状態のヴァレンダ城暮らしを、疎ましく思って、
抜け出して、巡礼の旅に出ようとするところから始まります。
なぜ幽閉状態なのかは、シリーズ前作に詳しいようですが、
前作を読んでいない僕にも、この本を読み進めばわかります。
その意味では、しっかり独立した作品と言えるでしょうし、
それとなく前作を匂わせる進み具合も、興味深いのです。

そして始まるイスタの冒険は、中世を思わせる架空の舞台で、
城壁都市の様子や、その間を繋ぐ森や街道の様子など、
過不足なく描きながら、全体としてのバランスも実にいい。
しかもそれを読んでいると、次は必ず劇的な何かが起きる。
決して唐突でなく、しっかりと伏線を持った出来事が始まって、
その新しい出来事は、必ず古い出来事と繋がっているのを、
読者はイスタの思考と共に、納得して読み進めるのです。

波瀾万丈でありながら、かならずしも荒唐無稽ではない。
すべての出来事が、神の祝福と魔の虚無の間にあって、
その世界に気付きさえすれば、すべては繋がっているのに、
神の啓示を受けているイスタにさえ、それはなかなか見えない。
ましてほとんどの者は、何がどうなっているのかわからない。
それでも少数の人は、イスタと心を通わせることができて、
その信頼関係は、少しずつ広がっていくのがわかるのです。

物語の展開について、ここには何も書くつもりはありません。
この種の物語は、その展開の面白さこそ命なのですから、
興味を持った人は、無垢の状態で読んでいただければいい。
そして読み進むうちに、僕と同じように夢中になって、
神々と人間の関係を考えながら、作品世界を味わって欲しい。
この作品には、それだけの魅力があることだけを伝えましょう。
この730ページが、シリーズ一齣に過ぎないことに驚きます。

さて、それでも一つだけ、書き添えたいことがあります。
この物語全体、おそらく作者自身が伝いたいことの本質が、
様々に登場してきますが、中でも魂を救われたヒクサルに対し、
イスタが、神からの伝言のように伝える言葉が魅力的です。
「神々が真に望まれるのは疵のない魂ではなく、偉大な魂なのよ。
 花が大地に育つように、偉大さも真の闇において育まれるのでは
 ないかしら。あなたはここにいる誰よりも神の手に近いわ」

ただ清浄を良しとするのではなく、あらゆる罪を背負ったままで、
ヒクサルはイスタの最も身近に使える者の一人に任命されます。
これは、シリーズ次作品への伏線にもなるはずですが、
同時にまたこの五神教シリーズが、単なるファンタジーではなく、
現代の宗教哲学書であるかもしれないと、思わずにはいられません。
過去50年間の世界が、科学を先取りしたSFに導かれたとしたら、
今後は霊魂の世界を描いたファンタジーが、導くのかもしれませんね!


文庫本ですが、上下各1000円ほどで、amazonで買う場合は、
上下を一緒に買えば、送料は無料になります。こちら(↓)からどうぞ。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4488587046?ie=UTF8&tag=isobehon-22