「白神の老殺し屋」

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「日本一の斬られ男」の異名を持ち、時代劇の悪役俳優として、
すでに数多くの映画やテレビ番組に登場する、亀石征一郎さんの小説、
「白神の老殺し屋」を読みましたが、これは本格的に面白かった。
最近はあまり小説を読まないのですが、本のキャッチコピーに、
「人間の皮を被ったエイリアンを、大都会で狙い撃つ幻の殺し屋・弦蔵
 ベテラン警部が追うのは、三十年式小銃を持つ猟師マタギだった!!」
と書いてあって、まず発想の面白さに興味がわいたのです。

そして読み始めてみると、白神山系の様子と共に歴史が書かれ、
そこに生きたマタギとは何だったのか、日本の原風景と重なって描かれる。
物語は現在を中心に、殺し屋・弦蔵を追いながら描かれているのですが、
白神さんを舞台とする場所では、東北に追いやられた少数民族や、
日本史の中で捨てられていった人たちのことが、丁寧に語られています。
そして殺し屋・弦蔵の生い立ちから、どうして殺し屋になったのか、
その精神性を含めて、わかりやすく説明がなされている。

そして弦蔵は、経済エイリアンを何人も殺していくのですが、
殺す理由については、彼一人の判断とせずに大がかりなバックがある。
このバックがまた熊野地方で、古くから修行者の世話をした家計から繋がり、
日本史の表からは消された、精神の絆がちらちらと見え隠れして、
物語全体を貫き、それ自体が大きなテーマとなって現れてくるのです。
殺し屋・弦蔵の様子は、あくまでもハードボイルドで描かれていながら、
「スピリチュアル系ハードボイルド小説」とは、そういうことなのでしょう。

文章表現自体は、必ずしも独創的な文学では無いと思うのですが、
いたるところに作者の教養が滲み出て、興味深い文章が続いています。
特に現代日本の状況を、大いに問題があるとする態度について、
何を根拠に問題を指摘し、経済大国であることを否定しているのか、
そこに太平洋戦争で負ける以前の日本、明治期の大転換以前の日本を見て、
大きな歴史の中で、古来からの日本を神々との関係で捉えているのも面白い。
こうした視点は僕自身も感じることで、多くの人にも通じるのでしょう。

片方に殺し屋・弦蔵を置くなら、対峙する方向には黒澤警部を置いて、
殺される側には同情の余地を残さず、殺されて当然のような描写をしている。
殺人者を追う立場の黒澤警部は、一度は殺し屋に助けられていることもあって、
心のどこかでは、殺されたエイリアン的な経済怪物よりも殺し屋に、
心が引かれていることで、この物語は不安定に僕らを贋造の方へ引きつける。
ヒルと言うよりは、神を感じながら生きている殺し屋・弦蔵と、
シニカルな考えを持ちながら、殺し屋を追いかける黒澤警部の物語でもある。

現代の都会人には受け入れられやすい、広範囲な教養を背景にして、
そこから紡ぎ出されたこの物語は、読み応えのある作品であり、
現代における一級のエンタテイメントであり、読んで面白いものでした。
作者の亀石さんは、熊野古道から本宮、熊野本宮大社旧社地の「大齋原」で、
霊的な啓示を受けたことで、この本を書いたとされています。
たしかにこの作品の中で、熊野古道の場面は全体の臍となっており、
全体を理解する上で、大きな鍵になっていることも確かでしょう。

経済優先で人間の価値を忘れた人々を、エイリアンと呼んでさげすむ、
この精神にいたる物語であり、その結果として引き起こされる殺人事件です。
それはもちろん殺し屋・弦蔵と、彼を手引きする影の組織の物語ですが、
なぜかこの荒唐無稽のような話しのいたるところで、僕も共感してしまう。
たぶん多くの読者も、現代日本の経済優先の価値観に疑問を持って、
この物語を読むと、なぜともなく共感してしまうものを感じるのではないか。
そんな不思議な魅力を感じさせる、なかなか興味深い力作でした。