100人の村から見えてくるもの

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「インターネットが生んだ”希望”のメルヘン」と言われて、
大きな話題になった「世界がもし100人の村だったら」の著者、
また世界中でベストセラーになった「ソフィーの世界」の翻訳者。
となみ青年会議所の例会で、池田香代子さんの講演があると知り、
一般の人も入場可能だったので、話を聞きに行ってきました。

「世界がもし100人の村だったら」はすでに4冊目が出ており、
最新作は子どもをテーマにしているとのことで、今回の講演も、
まず今の子どもたちを取り巻く現状から、話が始まりました。
テレビでは、連日に殺人などの凶悪事件がニュースで流されて、
「最近の子どもは切れやすい」とか「少年犯罪が増えている」と、
政治家や評論家は、未成年者の犯罪が増加していると言っている。

ところが実際には、日本で子どもの犯罪は歴史的に減っており、
世界的に見ても、研究対象になるほど少ないのが現状なのです。
子どもたちは何も悪くないのに、大人によって悪者にされている。
なぜ多くの人がそう思い込むのかと言えば、連日のテレビ報道で、
子どもたちの事件を、センセーショナルに見せ続けるからで、
それはマスコミによる、風評被害のようなものだと言うわけです。

さらに今の日本は、凶悪犯罪が増えたと思い込んでいますが、
これもまったくの嘘で、歴史的にも世界的にも治安はいいのです。
それなのに、ニュースを見れば殺人などの凶悪事件が連日報道され、
人々の体感治安は世界でもトップクラスに悪いと思い込んでいる。
そして政治家は、治安のためと称して法の取り締まりを強化する。
危険なのは子どもたちではなく、マスコミと政治家ではないのか?

こうして彼女は、子どもたちに目を向けた新作にされたのですが、
シリーズ最初の本を出されたのが、中村哲さんを応援するためだった、
と言うのも、911事件後の人々の情勢を、よく物語っていました。
当時多くの人が、自分にも何かできないか!と動き始めたわけですが、
池田さんは素早く「世界がもし100人の村だったら」を出版して、
必要な資金を、中村さんに送り、それ以上の基金にされたのです。

100人の村の話は、最初は1000人の村の話だったようで、
もしも統計学的な数字を大切にするなら、100人では少なすぎる。
それを100人の村にしたのは、数字よりも実感を大切にしたからで、
脳科学的に見ても、人が全体を顔の見える状態で把握できるのは、
100~150人だというのは、僕なんかにもよくわかる話でした。
どんな企画や団体も、参加者100人を超えると顔が希薄になるのです。

また、子どもの権利条約に関して、日本は批准しているにもかかわらず、
その大切な柱である、教育に掛かる費用を無料にする努力をしていない。
この点において、国連から注意されるほど恥ずかしい状態であって、
同じように医療に関しても、先進国では最低レベルの予算だとか。
この国の政治家が言う「普通の国」とは、医療や教育には予算を使わず、
軍事費や公共事業費だけを優遇する、不思議な感覚を持っているのです。

食糧自給率が少ないことに関しても、海外から食料輸入することは、
海外にある水を大量に使い、その生産や輸送費に大量のオイルを使い、
さらには、いたる過程で防腐剤などの食品添加物を大量に加えられている。
こんなものを食べて健康になるはずもなければ、世界の恨みも買っている。
すでに世界中の人たちは、遠方から食料を運ぶことに疑問を持っており、
家庭菜園する人が、年々倍増していると話をされるのです。

もうまったく、僕らが普段から目指しているところの生き方と同じです。
地産地消、自給自足、グローバルに考えてローカルに行動する・・・
考えてみれば、僕らも2001年の911事件によって、何かに目覚め、
池田さんや中村さんが発信される情報を見ながら、生き方を考えてきた。
その結果として今の生き方があるのですから、自信を持っていいはずです。
池田さんの講演によって、この7年を振り返るきっかけになりました。


池田香代子さんの「世界がもし100人の村だったら」最新作は(↓)こちら。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4838713614?ie=UTF8&tag=isobehon-22