「発酵文化人類学」

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木楽舎から出ている、ちょっとニッチで面白そうな本、
小倉ヒラクさんの、「発酵文化人類学」を読んでみました。
何が面白そうかと言って、僕らは毎年毎日日常的に、
味噌やら漬物やらお酒やら、発酵食品を食べて暮らしている。
それぞれの作り方は、ワークショップまでやっているのに、
全体としての発酵に対して、あまり知識が無いのです。
そうして片手落ちの部分が、この本を読めば全容が分かる?
のではないか、と大きな期待をしながら読み始めたのです。

本の内容を見ると、7つの章に別れておりまして、
それぞれ内容が興味深く、キャッチされていました。
1:ホモ・ファーメンタム
   ~発酵する、ゆえに我あり~
2:風土と菌のブリコラージュ
   ~手前みそとDIYムーブメント~
3:制限から生まれる多様性
   ~マイナスをプラスに醸すデザイン術~
4:ヒトと菌の贈与経済
   ~巡り続けるコミュニケーションの輪~
5:醸造芸術論
   ~美と感性のコスモロジー
6:発酵的ワークスタイル
   ~醸造家たちの喜怒哀楽~
7:よみがえるヤマタノオロチ
   ~発酵の未来は、ヒトの未来~

各章が個性的な内容で、読んでいて飽きないし、
読み進む内に気がつくと、発酵文化の全体が分かってしまう。
そもそも「発酵」とは何か?、って好奇心も満たされるし、
僕自身曖昧にしか知らなかった、「麹」と「糀」の違いなんか、
面白いようにずばずば解説されて、不明瞭なことがなくなる。
それどころか、著者の小倉さんの独特な感性によって、
発酵のことを知るだけで、世界の文化人類学までわかる。
とまあ、これには異論があるかも知れませんが・・・

僕が個人的に一番面白かったのは、「ヒトと菌の贈与経済」で、
トロブリアンド諸島にあった、交換文化との比較による一節です。
現代文明の行き詰まりとも見える、貨幣経済から少し離れ、
いただいたもの以上のものを差し出す、贈与の交換において、
単なる交換価値以上の、コミュニケーションが生まれたと言います、
こうしたコミュニケーションには、思い掛けない価値が含まれ、
受け取った側には、時として望外の価値があったりする。
そこに発酵文化の価値を見いだし、文化人類学まで見てしまう、
著者の視点のユニークさも、この本の欠かせない魅力なのです。

等価交換に慣れてしまった僕らは、贈与の文化を忘れがちですが、
人類文化が今のように発展するには、等価交換ではない交換、
いわゆる贈与の経済価値観がないと、成り立たないのかも知れない。
そうしたことが、発酵文化を研究する内に分かってくると言う、
それだけでも面白いけど、何故か説得力があるから溜飲が下がる。
日本各地の、あるいは世界各地の気候風土が密接に関わって、
その土地にしかない醸し製品が生み出されるのも、興味深いのです。

木曽の無塩乳酸菌発酵として名高い、すんきの旨味から、
高知県嶺北地方にだけ残る、酸っぱ爽やかな碁石茶や、
新島の超有名な発酵食品、くさやに至るまで発酵が関わる。
これを単なる技術としてみても、気候風土に合って奥深いし、
人間が関わることによって生み出される、様々な要素も面白い。
人類の文化を、こんな発酵側面から見ればどんな風景が見えるのか、
もっとも基本中の基本である、お酒を例に取ってみても、

限りなく想像力が働くから、この本の内容は深くて味わい深い。

お酒や発酵食品に興味がある人なら、この本は絶妙の入門書で、
一通り読み終われば、いっぱしの通ぶった会話も出来るでしょう。
そしてたぶん、それから先は自分の舌と脳を駆使しながら、
それぞれ自分の世界を切り開いていくしかない、味わいの世界です。
「発酵文化人類学」となってはいますが、実のところこの本は、
人間のあらゆる知的好奇心を揺り動かし、深めてくれます。

そんな意味でこそ、優れた書物の一冊だとお勧めできるのです。