「マイロ・スレイドにうってつけの秘密」

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最初にこの本を開いたとき、429ページもあるのに活字が小さく、
最近目の弱くなっている僕には、読み続けるのが難しいかと思いました。
ところが読み始めてみると、ややこしい話しの割には親近感もあって、
もう少し、もう少し先まで読みたい、と止められなくなってくる。
14本のビデオテープを拾って、家に持ち帰ってしまい、
後ろめたく思いながらそのビデオを見る、主人公マイロの感覚に、
少しずつのめり込んでいく、仕掛けられた面白さがあるのです。

子どもの頃から次々に現れる、いくつもの強迫性障害に悩まされるマイロは、
それを知られることをひどく恐れて、人には秘密にして過ごしている。
それが原因かどうかわからないけど、最近は妻のクリスティンとの関係が、
うまくいかなくなっており、気まずい関係が続く中でも潜水艦から指令が来る。
何か避けて通れない欲求が起きることを、マイロは潜水艦の指令として受け止めて、
絶対服従を強いられているのですが、そうした生活を維持することが、
次第に難しくなってきており、妻との関係もうまくいかないことが続きます。

そんな時期にこのビデオテープを拾って、こっそりと内容を見ている内に、
プライベートな内容で独白を続ける女性の秘密に、すこしづつ引かれていくのです。
自分が日常的に秘密を抱えて生きていることから、深刻な秘密を抱えて悩んでいる女性に、
親近感を覚えていると言ってもいいですが、これが様々な結果をもたらします。
マイロは特別な事件に巻き込まれているわけでもないのに、どこかスリリングで、
何事もなく振る舞おうとするのに、何故かうまくいかずに困難に見舞われて、
まるでサスペンスを見るようですが、実はそんなに深刻なことでもない。

些細なことをくよくよと考えて、なるべく自分を隠しながら生きているマイロは、
ビデオの女性の秘密を知って、何か力になりたいと思うようになりますが、
この好奇心がまた妻との関係を危うくして、やがて取り返しのつかないことになる。
別居している妻の所に男性の影を感じて、気になって様子を見に来たときに、
手持ちぶさたで車の中でビデオを見ていたら、怪しい男として通報されてしまう。
警官がやってきて職務質問され、その内容を確認するために妻に報告する警官に対して、
何とも気まずい思いを感じるのは、読者にもよく分かる感覚だったりします。

とうとうマイロはビデオの主を突き止めますが、内容を知ってしまったことで、
そのまま返しに行くこともできずに、打ち明けている幼なじみのキーパーソンを探し、
彼女の悩みを解決してあげようと決心して、その人を探しに行くのです。
妻といても一人になっても追いかけてくる、いくつもの脅迫概念に悩まされながら、
ようやくキーパーソン見つけたことで、マイロ自身の事態も大きく変わります。
その人はマイロの秘密を受け入れ、楽にさせてくれると同時に自由でいいと教えてくれて、
マイロは最初の脅迫概念以来初めて解放されて、今までに無い気楽な時間を得たのです。

そこで初めて妻との関係を冷静に見られるようになり、新しい恋も始まって、
人生は大きく変っていくのですが、この小説ではその転換点がうまく描かれています。
読者にとってはあまり馴染みのない強迫性障害でも、緻密な表現でよく分かるし、
そんな問題を抱える人の失敗が、読んでいてもイライラするほどによく分かる。
ジャンル別に分類しようとすれば、この小説はいったい何になるのかわかりませんが、
現代の日常に隠されている、ちょっと変った人たちの居場所が描かれて、
気がついてみれば皆どこか変で良いと言う気になる、そんな不思議な作品でした。