「働きたくないイタチと 言葉がわかるロボット」

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端的に言ってしまえば、僕らはどうして言葉によって、
意思の疎通が出来るのか、長年不思議に思っていました。
あるいは通じていれば幸いで、厳密には誤解が生じる、
この曖昧さ故に救われることもある、言葉の難しさ。
それ故に、いわゆる言語学には以前から関心があって、
何冊もの本を読んでいますが、完全に納得いくものはない。

そんな状態の僕は、この一冊の本を読んだことで、
自分が何をわかろうとして、なぜわからないのかが、
かなりの程度、明らかになってきたように感じました。
それがこの「働きたくないイタチと 言葉がわかるロボット」。
コンピューターに言葉をわからせようと、動物たちが奮闘し、
その過程を通して、言語とは何かを教えてくれる本でした。

イタチを人間に置き換えて、登場する様々な動物を、
文化圏が違う人々と捉えて読めば、本の内容は人間の話です。
人間は自分たちの労働を、ロボットにやらせたいのですが、
そのロボットはまず、人間が指示する内容を理解して、
指示に従った働きをしてくれないと、意味をなしません。
一見この簡単なことが、どこまで行っても難しい。

この本の構成は、イタチを中心とした動物世界の話と、
そこでやりとりされる議論や問題を、理論的に整理した、
分析的な言語学的記述の場面とが、交互に出てきます。
学術書ではないので、理論的な記述ばかりであれば、
読者は限られてしまい、多くの人には読んでもらえない。
そこでこうした2重構造で、書き下されたのでしょう。

その目論見はうまく当たっており、少なくとも僕は、
絵本を読むような楽しさで、この本を最後まで読みました。
それでいて途中からは、イタチの望みが如何に困難かが、
体験的にも理論的にも、わかるようになってきます。
そもそも言葉が通じるとは、どれほど難しいことかが、
ロボット作りを通して、具体的にわかるようになるのです。

(1)音声や文字の列を、単語の列に置き換えられること。
(2)文の内容の真意が問えること。
(3)言葉と外の世界が結びつけられること。
(4)文と文との意味の違いがわかること。
(5)言葉を使った推論が出来ること。
(6)単語の意味についての知識を持っていること。
(7)相手の意図が推測できること。

およそこのようなことが、言葉を理解するために必要ですが、
これらは一つ一つだけでも、ロボットに教えることは困難です。
それが現実には複雑に絡まっており、ロボットが得意とする、
数理的な処理だけでは、とても満足がいく結果は得られません。
人間であれば常識的にわかりそうなことも、ロボットには難しく、
それ故にロボットは、人間と同じようには働けないのです。

特定の目的に特化すれば、人間よりも遙かに早く上手にやる、
だけど様々な曖昧用件によって、ロボットは混乱してしまいます。
いわゆるAI(人工知能)の世界において、出来ることは限られ、
人間と同じように出来ないのはなぜか、その理由がわかるのです。
曖昧な言葉の意味から、その時々にフィットする意味を選ぶ、
人間にとっても難しい判断は、結局ロボットには出来ない。

いつか何らかのブレイクスルーによって、画期的に飛躍できれば、
こうした問題も解決できるかも知れませんが、現段階では困難。
その理由こそ、人間の実生活のおける駆け引きや思惑であり、
これをなくしては、人間味も失ってしまうかも知れないのです。
気がつけば言葉を理解するとは、人間を理解することであり、
その困難さを教えてくれるのが、この本だと言えるかも知れません。