「シンプル・シモン」

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珍しくスウェーデン映画ですが、アスペルガー症候群の主人公シモンが、
大好きな兄サムに、完璧な恋人を見つけようとして奮闘する映画です。
シモンはこのアスペルガーの症状によって、両親とさえ意思疎通が難しく、
唯一サムだけが、心を開いて会話をすることができる状態でした。
サムにはフリーダと言う恋人がおり、二人だけで生活していたのですが、
他の誰とも意思疎通の出来ないシモンを、引き取って一緒に暮らそうとします。

だけどシモンとフリーダはうまく噛み合わず、何かにつけてトラブルになり、
結局フリーダは3人で暮らせないと判断して、サムの元を出ていきます。
すっかり気落ちしたサムを見て、シモンはシモンなりに責任を感じたのか、
完璧な恋人さえ見つけられたら、万事うまくいくと考えるのです。
そこで「完璧な恋人」を探して奮闘しますが、この様子も面白く描かれながら、
アスペルガー症候群がどんなものか、よく分かるように描かれています。

この症候群は発達障害の一つとされ、特定の興味や習慣などに執着して、
それ以外の社会性が欠如しており、人とうまくコミュニケーションできません。
映画におけるシモンの症状はかなり深刻なもので、もしもこれが日本なら、
家に閉じ込めるか施設に入れるかして、一人で暮らすことは無理とされます。
しかしスウェーデンでは、街で出会う人たちもアスペルガーに理解があり、
どこかに隔離されることもなく、自然に社会に溶け込んで暮らしている。

映画の中では、偶然出会ったイェニファーが天真爛漫な性格の女性で、
シモンとイェニファーは親しくなりますが、シモンは触れられることを嫌う。
「僕は恋人を作らない」と言うシモンの考えも、共感できる気がするし、
お互いに相手の個性を大切にする、スウェーデン社会の奥深さもよく見えます。
彼らは決して合理的な暮らしは出来ませんが、各々の個性を認めることで、
うまく社会を回している感じが、なんとも暖かくて安心できるのです。

こうした社会の価値観もあると思えば、日本の社会の価値観は排他的で、
経済を優先した合理性ばかりが突出して、人間性に欠ける気がしてくるのです。
日本人には理解しがたい、もう一つの価値観による社会のあり方を、
この映画では面白おかしく描き出し、それも良いものだと思わせてくれる。
サムがシモンを思いやって、一緒に暮らそうとしてくれたように、
シモンはサムを思うがゆえに、想像を絶した計画が実行されていきます。

異質なものを排除して統一された、一枚岩の価値観による社会が良いのか、
もっと多様なものを受け入れて、自由に表現される社会が良いのか、
とまあそんなことを考えさせる、なんだかキュートな映画だったのです。
日本では異質なものを隔離してしまい、すべての人が同じ価値観であることを、
求めるわけですが、それは僕なんかには息苦しさを感じさせるのですから、
できればもっと自由に、この映画のように多様な個性が活かされればいいと思う。