「青年将校ジョージ・ワシントン」

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大阪大学国語学部でアメリカ史を教える、西川秀和さんが書いた、
壮大な「アメリカ人の物語」全13巻から、第1期「建国期の躍動」第1巻、
青年将校ジョージ・ワシントン」を、楽しく読ませていただきました。
なにしろジョージ・ワシントンのことは、アメリカの初代大統領だった以外、
ほとんど何も知らなかった上に、当時のアメリカ大陸の様子も知らなかったので、
書いてあることがすべて新鮮で、スペース・オデッセイを読むようでした。

1760年代の日本は江戸時代中期で、鎖国状態が続いていましたから、
アメリカやイギリスと日本とは、まったくの没交渉時代だったと思われます。
したがって当時のアメリカやイギリスの様子は、ほとんど知らなかっただろうし、
その所為もあってか、僕らは当時のアメリカの様子を教えられたこともない。
中学高校の教科書や授業では、まったくと言って聞かなかったし、
ペリー来訪以前のアメリカのことなど、ほとんど関心も無かったのです。

しかし考えてみれば、現在のアメリカは世界一の大国と言っていいし、
政治・経済・文化・軍事など、何をとってもアメリカの影響下にあると言える。
そのアメリカの歴史を知ることで、アメリカ的な考え方を考察しておけば、
今後の世界がどのように動くのか、ある程度の予想が可能になると思われます。
もちろん学術的な歴史書でもいいのでしょうが、僕らの歴史に対する関心は、
どちらかと言えば、登場人物の物語によって興味深く思われていると言っていい。

そこであらためて、僕らでも知っているジョージ・ワシントンを軸に、
アメリカがどうして独立しようとしたのか、物語として読んでみるのは面白い。
ジョージ・ワシントンの物語は、その生い立ちから始まっているのですが、
彼は特別貧しくもなければ裕福でもない家に生まれ、まず軍人として頭角を現す。
どうやら農場地主の子であったワシントンは、人一倍の野心家だったようで、
新しい土地の開拓と共に、測量の出来る軍人として頭角を現していったのです。

この当時のアメリカ大陸東部は、イギリスの植民地だったわけですが、
イギリスが独占していたわけではなく、フランスも植民地を持っていました。
この二つの勢力にインディアンが加わって、中部アメリカ大陸へ向けて、
開拓の勢力争いをしており、その一つの節目が7年戦争と呼ばれています。
この7年戦争の間で、ワシントンは様々な体験と活躍をして名をなし、
地域の名士として議会の代表にもなって、政治の世界にも足を踏み入れたのです。

この本ではそうした経緯が具体的に描かれ、彼の活躍が分かると同時に、
名誉と実利を求めて野心満々たる様子も、時代背景と共に描かれているのです。
当時は政治と経済以外に、若者の野心を満たすものは何も無かったようで、
軍人として名を上げながらも、政治の世界に出ることで事業も拡大する。
また結婚に関しても、どちらかと言えば恋愛と結婚は別のものと考えられて、
結婚は家業や財産を受け継ぐための、大きな手段として考えられていたのです。

この辺の事情もさりげなく書かれているのですが、史実に沿って描かれて、
憶測による説明は、作者の意見としてうまく取り入れられているのも特徴的です。
また当時の暮らしぶりや、開拓地の戦場がどんなものだったのかなども、
分かる限り克明に書かれているので、臨場感も豊かなのが興味深い。
そしてこの第1巻では、本国イギリスと植民地が共にフランス勢力と戦い、
最終的に勝利したにもかかわらず、なぜ独立しようとなったのかが描かれている。

フランスとの戦いに勝利した後に起きたことが、どのように人々を動かし、
最終的に独立運動へと進んでいったのか、素人の僕らにも分かるように書かれ、
読者に納得させる説明があるのが、いかにも大学の講義を彷彿とさせます。
そしてこの本の特徴の一つとして、客観的な物語の進行と共に描かれているのが、
作者の主観を交えた、当時のアメリカ社会の解説のようなパートでしょう。
まるで朝ドラの解説を聞くように、全体を進行してくれるのです。

この最初の1巻を読むだけでも、相当にエネルギーを費やしましたが、
じっくり読み込むに面白い展開なので、まさしくアメリカ版大河ドラマです。
このあとは独立戦争へ突入に向けて、様々な事件が起きるのでしょうが、
最終的には南北戦争まで描かれるようなので、まさしく「風と共に去りぬ」まで、
僕のアメリカ史の空白を埋めてくれる、読み応えのある物語になるでしょう。
全13巻を読み通せば、それだけでアメリカ史のスペシャリストになる筈です。