「誰もいないホテルで」

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あまり読んだことのない、スイス人の作家で、
ペーター・シュタムの「誰もいないホテル」を読みました。
たまたま図書館で見つけて、なんとなく気になって、
手に取って読んでみたら、とても興味深い内容だったのです。

ほとんど人が訪れる気配のない、人里離れた森の奥にある、
古びたホテルを紹介されて、そこに滞在することになる学者が主人公。
僕らは学者の視点で、そのホテルを訪ねて逗留するわけですが、
そこは一人の婦人が切り盛りして、他には誰一人いないようです。
生活感がなく、時々現れては消えていく女主人に心が引かれ、
様々な不便も顧みずに、そこに留まる主人公に寄り添っていると、
なんだか自分でも、そんなことがあったような気がしてきます。

小説を読むのは久しぶりな気がして、ブログをチェックしてみたら、
この2年間は本を読むにしても、実用本がほとんどのようでした。
子育てが忙しかったり、毎日の仕事があったりした2年間は、
ゆっくり小説を読むような、環境ではなかったと言うことでしょうか。

久しぶりに読んだ小説は、僕を日常から離れた世界に連れ込んで、
懐かしい旅の時代を思い出させるし、心躍る時間を思い出させたのです。
この本は短編集だったのですが、それぞれの作品はどれを読んでも、
日常の中に非日常が潜んでいて、最後にそれが表に出てくる。
短編となっている小説世界の中で、僕らはあり得ない話を聞きながら、
やがてその中に引き込まれ、自分のことのように考え出して、
夢中になってきたところで、現実世界に引き戻されてハッとする。

毎日の生活に感謝してはいても、自分の感性の中には、
それだけでは収まらない何かが蠢いて、ときどき落ち着かなくなる。
もっと何かやることがあるような、落ち着かない感覚があって、
そうした不条理なものが、作品を通して頭をもたげてくるのです。

作品はどれも不思議な話なのですが、奇抜を狙ったわけではなく、
僕らの心に潜む説明のつかない感覚を、文章化して現している。
同じ人間しか登場していないはずなのに、獣だったり幽霊だったり、
何か人智を燃えた存在によって、僕らを揺すぶってくる。
あるいは同じ人間が持つ多面性を、それぞれの人の感情でしかないと、
客観的物語の中から、浮かび上がらせてくれたりするのです。
こんな短編集も、想像力を広げてくれて魅力的でした。