親族写真

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何年ぶりになるか、お墓の前で写真を撮りました。
写っているメンバーは、その都度違いますが、
その時々の血縁者を撮っているので、変化がわかります。
別にお墓の前でなくても良いのですが、お盆の時期に、
こうして集う機会があれば、写真にしておくのは良いものです。

この写真に僕はいませんが、僕の妻と娘と兄と姪とその娘、
姪と会うのは40年ぶりで、その娘と会うのは初めてです。
僕の娘とは2つ違いで、一緒に遊ぶと楽しいらしく、
家に滞在していた3日間は、いつも一緒に遊んでいました。
妻の姉にも2つ違いの男の子がいて、よく遊んでいますが、
女の子同士の方が、いつも繋がっている感じです。

男であることや女であることは、社会的に作られた、
と考える人も多いのですが、僕は必ずしもそうは思いません。
それよりも大切なのは、違いを受け入れて尊重し、
それぞれの世界があることを、感謝することだと思います。
世界が多様であることが、豊かさの根源なのですから。

女は生まれたときから女であり、男も同じですが、
だからといって、失われるものがそう多くあるわけではない。
むしろ得るものが多く、人生を彩り豊かにしてくれます。
同じであることによる同胞意識と、違いによる自己の認識、
そうしたものを通して、人は豊かに成長できるのだと思うのです。

すでに60年以上を生きながら、自分の感覚はと言えば、
10代の頃や20代の頃と、あまり変わっていない気もします。
もちろんその頃のようには、体が動かなくなって、
実際の行動は、かなり縮小していることも事実でしょう。
だけど子どもの頃の思いは、我子を見ているとわかることもあり、
それ故に、我が事のように我子を愛せるのかもしれません。

さらにありがたいことは、男と女がいることによって、
人生は刺激的で冒険に満ちたものになり、心身が躍ります。
10代20代は、思い返してみても人生の華だったし、
自分の家族を持つことで、それをもう一度繰り返して見ている。
女を愛することで、男である自分は幸せになれたのです。