シールズと女性たち

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7月12日から2週間ほどの予定で、沖縄へ行くと決めて、
それ以来沖縄の記事を見ていると、シールズの記事が目を引きます。
沖縄はそれでなくても、膨大な米軍基地の問題を抱えており、
この数日間は、うるま市の20歳女性が軍属の男に殺されている。
この殺人を巡っても、日本政府・与党の関係者が「最悪のタイミング」
と発言したことから、その真意を問う声が地元に渦巻いています。

沖縄県内であれば、どこを歩いていても米軍基地が近くにあり、
軍人や軍属のいないところなど、どこにもないと考えて良いでしょう。
そんな環境の中で、普通に町を歩いていた若い女性が襲われ、
性的暴行のあげくに殺されてしまった、これこそ「最悪」の事件です。
そこに「タイミング」などないし、そんな発言をする人は、
時期が違っていれば、性的暴行殺人が行われても良かったというのか?

もちろん発言者は、そんなつもりはなかったと言うでしょうが、
オバマ大統領が来日する直前で、思わず本音が漏れてしまったのです。
沖縄県民の安心安全よりも、政府の外交の方が優先する・・・
こうした事実こそ、沖縄県民の人権を軽視していると言うことなのです。
そして沖縄県をあげての抗議集会が行われ、女たちが声を上げる、
特に今回は、若い人たちがシールズとして声を上げているのが印象的です。

沖縄県では以前から、様々な事情で声を上げられない男よりも、
同じ生活者として連帯しやすい、女たちが声を上げてきた歴史がある。
基地闘争でもお婆たちが中心になって、座り込みをするシーンが多いし、
観光で訪れても、男よりも女たちが熱心に抗議する声を聞く。
沖縄の女性たちがどんな思いで暮らしてきたか、想像を絶するものがあり、
その積み重ねがあるから、そう簡単には折れない強い抗議となっている。

かつてはお爺いお婆あの闘争だったものが、様々な事件によって、
少しずつ若い人にも連帯が生まれ、若い世代の抗議が広がっている。
だけど内地との連携が今ひとつだったところへ、シールズの運動が繋がり、
若い人たちが分断されずに、平和活動を始めたことは大きな希望です。
実は沖縄では、他府県にまして平和活動への嫌がらせは多く、
シールズ琉球琉球新報も、何か発言するたびに叩かれているのです。

だけど新聞記事が弱者の意見を代弁するように、シールズの連帯は、
同じ日本の若者同士を繋ぎ、孤立しないで意見を言える土壌を作るでしょう。
暴力の犠牲になりやすい女性が、特に若い女性たちが安心して活動し、
本音で意見を言える環境が、少しだけでも整ってきたのではないかと思う。
僕の住む砺波平野では、まだそのような活動は始まりませんが、
世界の現状を自分のこととして捉えるなら、やがて必要になるでしょう。