「イラン人 このフシギな人々」

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イスラムの人々や文化を、どのように理解すればいいのか、
理解までは無理でも、少しは知っておきたいと思います。
過去にはイスラム金融の特異性や、パレスチナのことを学び、
欧米の強い干渉に苦しむ、イスラムの事情は知ってはいました。
しかしイスラム文化圏に住む人々のことは、情報が少なくて、
わからないままでしたが、最近何冊かの本を読んだのです。

その中の一冊が、「イラン人 このフシギな人々」なのですが、
テヘラン大学で2年間、イラン近代史を学んだ遠藤健太郎さんが、
旧市街地で暮らした様子を、まとめて書かれた本でした。
イスラムの人々の暮らしは、以前「愛の裏側は闇」の中で、
シリアの人々の暮らしが描かれていましたから、少しはわかり、
それが今回はイスラム最大の国、イランの首都の暮らしです。

読んでみると、同じイスラムの人々とは言っても、
「愛の裏側は闇」に描かれた田舎町と、テヘランの都会とでは、
かなり様子が違うので、合わせて考える必要があるようです。
いわゆるイスラムの人々が、部族で暮らしている様子は、
テヘランでは当てはまらないし、テヘランの下町では人種も多く、
宗派の違う人たちでも、雑然と一緒に暮らしているのです。

世界中どこでも、こうした都会の暮らしは似ていますが、
大きく違うのは、イランが欧米諸国から受けた搾取や制裁です。
このあたりの事情は、「海賊と呼ばれた男」にも詳しく出てきます。
イランには石油資源があるので、欧米諸国が早くから進出して、
膨大な利益をこの国から奪い、イランに革命が起きて追い出されると、
今度は制裁と称して、この国を世界の経済圏から閉ざしてしまう。

敗戦国だった日本が、石油資源を求めてイランに赴き、
経済制裁を破って石油を輸入する話は、爽快でもありました。
ただしその後はまた政権が変わって、今度は日本も追い出され、
さらに核兵器の製造を巡って欧米と対立し、経済制裁が続いています。
したがって市民の暮らしは厳しく、イスラムの信者であっても、
政権や国際情勢に対しては、反感を持っている若者が多いのです。

今回読んだ本の中では、都会暮らしのイスラムの人たちが、
自虐的に社会に反感を持っていながら、なかば諦めたように、
日々の暮らしを淡々と生きている様子が、なんとも印象的でした。
働いても働いても苦しい生活や、優れた人材の国外流出、
治安悪化や人種差別、サギやぼったくりや展望の無さを読んでいると、
若者がイスラム国へ参加するのも、少し理解できる気がするのです。

今の国際情勢を知るとき、毎度のことではありますが、
欧米諸国の強引な利益追求によって、多くの国々が逼迫している。
こうした流れを変えないことには、中東問題は解決しないし、
中東問題の解決無くして、欧米諸国のテロも無くならないと思うのです。
本にそこまで書いてあるわけではありませんが、イスラムを知れば、
どうしてもそれがわかり、日本は関わってはいけないと感じます。