「 産土(うぶすな)」

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南砺市エコビレッジ推進の一環でしょうか、昨日の夜には、
「ソーシャルシネマ・ダイアログin南砺」の、第3回として、
映画「産土(うぶすな)」の上映会が、じょうはな座でありました。
相変わらず閑散とした会場でしたが、映画の内容は良かったし、
それなのに途中で何度か、苦笑いせずにはいられない場面もありました。

なぜ苦笑いなのかと言えば、この映画が見い出して訴えていることは、
現在の日本の山森が荒廃した理由が、過去の行政のまずさにあって、
それがなければ、山里はこれほど荒廃してこなかったように聞こえてくる。
例えば僻地に便利で広い道路を付けると、必ず住民の流出を招き、
山に大量の杉や松を植えたことで、その後の手入れが間に合わなくなり、
藪の山と過疎の里を生みだしたのが、限界集落の根元にあると言うのです。

悪化する一方の僻地の問題を、行政がなんとかしようとして、
南砺市ではエコビレッジ構想を打ち立て、様々なイベントもある。
だけどこうした問題を起こした張本人が、行政だとすれば、
行政は何もしない方が、新たな問題を起きずに済むとさえ思ってしまう。
それとも自らの失敗は、自ら責任を持って対処したいと言うことか?
たぶん誰もそんなことを考えていないので、問題は解決しないでしょう。

僕に言わせれば問題は、どうして行政が関わると問題を起こすのか?
ってことを解明する方が、エコビレッジ構想を考えるよりも役に立つし、
地域を疲弊させる国の政策や方針が、どうして蔓延るのか、
こんな国の方針を避けて、地域の活性化を図る方策でも考えて欲しい。
とまあこんなことを思ってしまったところで、映画が終わり、
会場でダイアローグが始まりましたが、姫がぐずりだしたので帰りました。

「産土」の映画自体はとてもすばらしく、映像がきれいでしたので、
機会があれば多くの人に見てもらい、日本の未来を考える糧にして欲しい。
お金経済ではなく、それぞれの土地が持つ自然風土と共に暮らす、
昔ながらのあたりまえな生活を、壊さない行政をして欲しいのですが、
こうした映画を、市のお金を使って無料で公開する価値感を持ちながら、
また同じように、このお金で人々の暮らしを壊すのではないかと危惧します。

税金の予算を使うなら、まとめてどこかへ支出するのではなく、
もっとも最前線となる山里で暮らす人を、直接支援して欲しいのです。
最前線の人はあたりまえに、自分の暮らしを良くする方法を考え、
大きな道路を造ったり一様な開発をするのではなく、それぞれの周囲に、
きめ細かくお金を掛けて、暮らしよい山や里を作っていくでしょう。
最前線の人が豊かに暮らすことで、すべての人に潤いがもたらされるのです。
 
古き良き日本は最初からあったのではなく、人々が努力して作ったものです。
僕らはまた目指すところを確認すれば、どんな社会でも作っていける筈だから、
再度もう一度この国を見つめ直し、そのあるべき姿を問い直すことで、
流行に流されない100年後の人々の在り方を、思い描いてみたい。
そこで初めて揺るぎなく、今を幸せに味わうことが出来るのだと思います。