「死の淵を見た男」

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昨年の12月に、PHPから待望の本が出ました。
3.11福島原発事故に際し、発電所の内部で何が起き、
そこにいた人たちは、どのように対応して行動したのか?
一年半の月日が過ぎても、なかなか真実が見えませんでしたが、
今回この本によって、ようやく起きていた全容が記述され、
事故に対応した人が、何を考えていたのかがわかったのです。

本を書いたのは、ノンフィクション作家の門田隆将さんで、
取材を受けたのは、福島第一原発吉田昌郎所長ほか、
1・2号機の中央制御室(中操)に留まった作業員たちや、
駆けつけた自衛隊員、消防士、政治家、東電幹部など多数です。
数多くの証言の中から、門田さんは時系列を大切にして、
事故直前の様子から始まり、事故が落ちつくまでの記録を、
主に人間的な観点から、記録されているのが印象的でした。

とりわけ印象的だったのが、この原発事故があった場所で、
福島県双葉郡というのは、戦争末期に特攻の飛行訓練が行われた、
磐城陸軍飛行場があった場所だという、因縁めいた記述でした。
戦後はその場所に、塩を作る塩田が作られたようですが、
塩はまもなく工場で作られるようになって、土地は放棄され、
その後に原発誘致があって、一大原発地帯になっていったのです。

長い時を歴史的に見れば、特攻隊の飛行場も無用になる塩田も、
政府御用達によって大規模に開発され、やがて虚しく消えていく、
そんなことを繰り返していた場所で、また同じことが起きたのです。
こうした偶然は、どこかで同じ原因と帰結があることを知り、
その因縁めいた輪廻から、抜け出す必要があるのではないか?
僕は一読者として、そのようなことを考えてしまったのですが、
そんなことを考えてしまうほどに、壮絶な戦いが記述されていました。

特に力を入れて書かれていたのは、原子炉にいちばん近い中操で、
ここから命がけで現場に出ていく男たちの、心意気が伝わってくる、
このあたりの描写は、戦争記録を書いた門田さんの手腕でしょう。
そして一歩距離のある免震重要棟で、全軍指揮を執った吉田所長は、
その後も自分の使命を忘れることなく、貫いていくのですが、
東電本社や政治家の、思いつきのような支持に対しては、
動じることなく無視して、自分がやるべきことを貫いている。

この動じない信念こそ、今度の原発事故を最悪の事態にしなかった、
後になって思えば、唯一の命綱だったと言うことが出来るのです。
これがなければ現場は混乱を極め、今頃日本は一変していたでしょう。
こうした事情をどこまで知っていたか、事故が起きてすぐに、
原発の再稼働を要請した経団連など、昔風に言えば国賊の如きです。
ともあれ、臨場感たっぷりの原発事故最前線の記録ですので、
多くの日本人に、是非読んでみていただきたいと思う本でした。