「海に降る」

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今年初めて読んだ小説は、先月書き下ろしで単行本出版された、
「海に降る」という、朱野帰子さんの深海海洋小説でした。
今まで、こうした深海を扱った小説自体がなかったと思いますが、
普段聞き慣れない専門用語も、比較的自由に使っていながら、
決して難しい感じはしないし、あまりにスムーズに読めるので、
どこまでが事実で、どこからがフィクションかわからない程でした。

作品の舞台になっている海洋研究開発機構は、実在する組織で、
実際に活躍している有人潜水調査船「しんかい六五〇〇」が登場し、
その初めての女性パイロットの話ですから、実際にありそうです。
登場人物の相関図は、ややわざとらしさは感じましたが、
読んでいる内に、不自然さよりは身近にありそうな話として、
ぐいぐい内容に引き込まれたのは、やはり作者の力量でしょう。

僕はずっと海が好きで、珊瑚礁の海を渡り歩いていましたが、
その頃に見た、アウトリーフの深い群青色の底に何も見えないとき、
海がいかに果てしないかを、水平線の距離以上に感じたものです。
海の深さに対する恐れと、なぜか惹かれてしまう不思議な感覚は、
映画「グラン・ブルー」などで、感じた人も多いでしょう。
この小説では有人潜水調査船が、人を水深六〇〇〇mに連れて行く、
その恐怖や畏れ、人間を魅了する謎が描かれている気がします。

読み始めたときは、特別好きな感じはしなかったのに、
なぜ人は深海に潜るのかって話や、地震との関係などを読むと、
科学的好奇心と、小説としての夢が一緒になって混じり合い、
気がつくと、夢中になって先を読もうとしている自分がいました。
おかげで、前半は四日ほど掛けて読んだのに、後半は加速して、
二日も掛けずに読み終えて、読後の満足感も十分にあったのです。

なぜこんなに夢中になって読めたのかは、もしかしたら、
作者も主人公も女性だったので、好奇心の向けどころが面白く、
それが虚構に浮くことなく、緻密で冷静に描かれていたからかも。
登場人物も面白く、突然舞い込んでくる異母弟の存在も有効で、
主人公の女性がどんな人物か、客観的に見せるのに役立っていたし、
夢と現実を繋ぐものを、子どもの視線でも感じさせてくれました。

最後の描写は、あくまでもフィクションに違いないのですが、
それまで登場したものが全部リアルなので、同じレベルで読める。
僕にはどうしても、すべてが実話であってもおかしくない、
何か実話であってほしいような、共感を持って読み終えたのです。
海洋国日本としての政治的な話や、海底海洋資源の現実的な話さえも、
最後に登場する謎の生き物によって、一気に世界が広がってくれる、
その時空を超えた存在感に、深く共感してしまう自分がいたのです。
 
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