「黒い部屋の夫」上・下

イメージ 1

以前にはしばらく、「ネット本」が流行った時期がありました。
紙を使わずに、画面で見る電子本もそうですが、それだけでなく、
ネットで公開された作品が、本として売り出される事もあったのです。
最近では、「ブログ本」って言葉を頻繁に聞くようになったので、
軽い日常を書いたものだろうと思っていて、さくらももこさんなどは、
たしかにそうした日常話を纏めた「ブログ本」を出されています。

ところが今回読んだ、市原恵理さんの「黒い部屋の夫」では、
結婚して妊娠した直後から、精神に異常を来した夫を持った妻の、
7年近い闘病生活を支えた後に離婚して、彼が自殺してしまうまで、
凄まじいまで葛藤する生活が、克明に描かれた作品だったのです。
その後一年半に渡って、書き続けられたブログの内容も凄いですが、
途中から様々な批判や悪口も受けながら、最後まで書ききった、
このブログのオーナーには、まずもって頭の下がる思いがします。

とは言うものの、実はこの本を読み始めて最初のうちは、、
うつ病で倒れた夫のことを、ぐだぐだ愚痴っているような内容で、
ああでもないこうでもないと葛藤しながらも、その状態を維持する妻に、
さっさと別れた方がいいんじゃないの?と思って読む自分がいました。
だけど、結婚や出産によって背負い込んだ様々な絆があって、
そう簡単に、自分の意志で決められない事が増えているのもわかる。
お互いを拘束するのを避けたい僕には、苦手な話題でもあったのです。

したがって、上巻の中程まで読んでいる間は、あまり共感もなく、
深刻化することが見えている事態の進行に、鬱陶しささえ感じていました。
それがやがて、ようやく離婚を決意する頃から、実行に移すまでに、
あるいは実行に移してからの、さらにのしかかる葛藤や不安を読むと、
なるほど、女性が背負う特有の不安や葛藤があることを気づかされます。
この主人公が、社会的不利益を被る女性でなかったら、どうなのか?
とあらためて、現状社会の歴然とした女性差別を感じました。

ここに登場する義母の時代であれば、あるいは違った選択があったか、
そうでなければ、ひたすら堪え忍ぶしかなかったかも知れませんが、
現代では女性が自立して、母子家庭を選択する道があることになっている。
ところが実際には、社会の仕組みが女性に不利益なままなので、
離婚して母子家庭として自立するのは、とても困難な選択なのです。
それでも、一緒に暮らす夫に“触られたくない”ほど嫌悪を抱いたとき、
しかもその夫が「うつ病」であれば、どんな生活が待っているのか。

この作品は、小説ではなく実録であるところに真実味があって、
しかもブログとして、コメントを受けながら書いているから
読者の反応もリアルタイムでありますから、作者も影響を受けます。
様々な反応は、勇気を得ることもあれば恐怖を感じたこともあるはずで、
そうした息づかいも、文章の端々に見えるのが特徴的でしょう。
そしてブログ記事が“今”に近づくにしたがって、言葉が慎重になり、
自分はなぜこれを書いているのか? 救われたい!と思い始める。

一年半掛けて、長々と過去を書くことによって、自分とは何かを考え、
やがて彼女は「裳の仕事」を経て、「生きる意味」を考えるようになる。
様々な葛藤や試行錯誤の後に、振り切れない元夫への思いも込めて、
「何か意味があって生きているんじゃない。
 生きているから意味が出てくるのだ。」と達観します。
上下巻の長編ですが、読み終わって、価値ある本だった!と思いました。



アマゾンでの「黒い部屋の夫」は、(↓)こちらからどうぞ。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4861908256?ie=UTF8&tag=isobehon-22