命のチカラ!

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このところ、毎日が快晴の五月晴れなので、
農作業がはかどって、嬉しいですね!
昨日は、遅れていた里芋の植え付けも済ませました。
ポットには、キュウリやナス、南瓜の種を仕込みました。
先に仕込んであった、自家取り種のインゲン類は、
土を押し上げて、新しい芽が出そうです。

先日の遅い寒波の霜で、霜枯れしたジャガイモは、
もう今年はダメかな?と思っていたのですが、
この暖かい陽気で、少しずつですが回復してきています。
霜焼けとも言うように、黒く焼けたような葉の下から、
新しい緑の葉が伸びてきて、全体に成長している(写真)。
命がある限り、ジャガイモであることをやめようとしない!

命あるもののチカラって、この一途さでしょう。
自分が何者であるかを、ひたすら命懸けで貫いていく。
結果として、何かを成し遂げられるかどうかよりも、
命ある限り向かっている、その方向性に価値があるのでしょう。
そんなことを考えながら、ジャガイモの前にしゃがみ、
なんとか蘇生しようと頑張るジャガイモに、少し手を貸す。

以前は、作物の回りの草刈りをするときに、
周囲の草にだって命があるのに、それは死んでいいのか?
なんて疑問に感じたこともあったのですが、それは考えすぎ。
人は何もかもをコントロールできる存在ではないのだから、
方向性だけは見失わずに、“なるべく”と思えばいいのです。
自分の生きる範疇で、命もいただいてしまうのです。

草を刈れば、刈った草の命だっていただきます。
直接食べなくても、肥料となって、作物をいただきます。
自然の循環の中で、どんな死も巡り回って命になるのだけど、
だからと言って、生き物を無闇に殺すことも間違っている。
この違いがわかれば、もう考えなくても出来るのです。
思うままに、身近な命を育てていくしかないのです。