「プルーストとイカ」

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本の題名を見ただけでは、何の本かわかりません。
副題「読書は脳をどのように変えるのか?」を見て、
興味をそそられ、手に取って読んでみた本でした。
著者はアメリカで小児・人間発達に関する研究をされ、
数々の成果をあげておられるメアリアン・ウルフ。

さて、どんな本かと読み始めたら、これが面白い。
まるで秀逸な、推理小説を読むような謎解きによって、
人間にとって読書することが、いかに特別なことかを、
歴史的検証と、科学的確認によって進めていきます。
本来この本は、ディスレクシア(読字障害)の研究で、
なぜこうした障害が起きるのかを解明するものでした。

ディスレクシアに関しては、最近日本でも問題になり、
子どもの学習障害として、認識されてきているようです。
ところが調べてみると、大きな成果を残した偉人たちが、
実はこの読字障害だったことが次々に判明してきます。
そして最新の脳科学が、読字文化の構造を明らかにして、
その成果としてわかってきたことを、順序立てて紹介し、
最先端の成果を、案内してくれる本だったのです。

スティーブン・ピンカーが「言語を生みだす本能」で、
人間が話をするのは、本能的な行為だと解明しましたが、
文字文章による読字行為は、本能を超えた人的行為として、
人間を飛躍的に成長させたと、わかりやすく解説される。
読字読書がどうして人間の能力を飛躍させたのか?
脳の科学的な分析からも、解明されていくのです。

生来人間の遺伝子に、特定の読字を担当するものはない。
それなのになぜ読字が可能になるのかは、教育によります。
もちろんこの教育とは、学校教育以前の子育てにあって、
視覚と聴覚をフルに使いながら、パターン化を繰り返し、
新しいニューロンを育てると同時に、古いニューロンも、
再編再利用しながら、新しい役割をもたせていくのです。
その結果、読字には複雑な工程が伴ってくるのですが、
これを高速化する働きが左脳にあって、全体を管理します。

ところが、人によっては右脳など別の場所を使うので、
高速化がうまく行かず、読字行為に困難が生じるのです。
だけどこの障害は、ニューロン再編成の個性でもあるので、
かならずしも悪いものではなく、むしろ別の才能を伺わせる。
育児教育第一人者としての著者は、この研究成果から、
読字障害を持つ子供には、普通とは違う教育指導が必要で、
これを理解し指導すれば、社会に有益な人が育つと言います。

しかしさらに興味深いのは、この研究を通して見えてきた、
人間は読字文化によって自分と出会い、思考を深めた事実です。
限られた脳細胞は、いかようにも再編成されるものであって、
今ある常識も、必要に応じて変わるものである事実なのです。
読字文化により、自分のペースで考える時間を手に入れたので、
人は誰でも優れた思考と出会い、深く考える可能性を持ったのです。

さらに著者は、ソクラテスが文章化を嫌ったことを例に挙げ、
文字文章が、話し言葉の思考を失う可能性があったとも言及します。
よく言われるところの「文章は死語」であることを認めた上で、
書く行為に、書き手の深い自己との向き合いがあった場合には、
読者は時間を超えて、その自己と向き合うことが出来る!
これが人間にとって、文章化の大きな成果だったと言うのです。

僕らは膨大な情報を瞬時に受け取る、新しい情報社会を迎え、
文字文化によって受け取った「考える時間」をどうするのか?
さらに新しい脳細胞の再編成によって、どんな能力が得られ、
それによって失うものが何かを、考える必要があることを、
著者は最後に、懸命に訴えているように思われました。

人間とは何か、どこに向かうのかを考える上で、
貴重な示唆を与えてくれる本だと思います。


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