「砂の肖像」

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久しぶりに、しっかりと味わいのある世界を読みました。
稲葉真弓さんの、石にまつわる短編5作品を集めた本でしたが、
それぞれの登場人物には、それぞれ石に対する思いがあって、
特に僕は、母の足を切断する「ジョン・シルバーの碑」と、
人気のない寂れた湾に向かう「小さな湾の青い王」が好きでした。

ジョン・シルバーは小説「宝島」に出てくる一本足の海賊船長で、
母は、病気の治療のために、足を切断する手術を受ける前日に、
冗談口調で「明日からはジョン・シルバーだ」と言ってのける。
そして私は古い圧力釜のゴムパッキンを手に入れに出掛け、
母の家では、懸案だった古い井戸がお祓いをして塞がれた。
古くから引きずっていた何かが、思い出となる一瞬に立ち会った。

そして古くは貝や海苔の養殖場だった、寂れた小さな湾の話では、
その情景描写を読みながら、小笠原の母島にあった湾を思い出した。
あるいは、能登半島礼文島で見た小さな湾の姿を思い出し、
沖縄の石垣島の北端にある大地離島の岩の割れ目を思い出した。
気が付けば、それは情景描写である以上に、心象風景としてだった。
人気のないこぢんまりとした湾に向かう、孤独と安らぎが目に浮かぶ。

「フードコートで会いましょう」の石だけは、少々異色でしたが、
その他の作品に出てくる石は、みんな何処かで海に繋がっていました。
そして海のない「フードコート」では、心が病んだ人が登場する。
全編を通して登場する、孤独な心の拠り所としての「石」とは、
実は自分の人生を客観視できるだけの、長い時間の証なのでしょう。
そこには必ず、死に面した母や友人がいて、死なない石が同席する。

読み終わって残ったのは、長い時間の静寂で繋がった風景でした。
都会の喧騒を逃れて田舎へ、さらには人気のない岩場にたどり着き、
そこでしか出会えない、悠久の時間との邂逅を数えていく作品群。
風変わりな意匠のカバーまで含めて、手にとって読んだことが、
一つの出会いだったとわかる、きわめて質の豊かな作品集でした。


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