「バベル」

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見終わって、ちょうど一年前に見た「クラッシュ」を思い出しました。
いくつもの事件や事故が、当事者の意図を超えたところで繋がっている。
「クラッシュ」では、人種や文化のるつぼでもあるアメリカの国内で、
「バベル」では、まったく歴史も文化も違う三つの生活空間に渡って、
どこにも悪意がないままに、事件は起こり、人は苦悩に打ちひしがれる。
そのどちらも、人間の姿を深く掘り下げた秀作だったと言うしかない。

決して悪人でないどころか、誰かを深く愛しているのに心が繋がれない、
孤独である故に人を求め、罵り、嘆き、命を落としてしまうことさえある。
どうして人は、うまく許し合って繋がれないのだろうかと、問い掛ける。

メキシコ出身の、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督には、
過去に「21グラム」「セプテンバー11」などの代表作品があって、
1999年に発表された「アモーレス・ペロス?」はカンヌ国際映画祭
批評家週間グランプリ(国際批評家連盟賞)を受賞したほか、
東京国際映画祭では、グランプリおよび最優秀監督賞を受賞している。
だけど残念ながら、僕はこの監督の作品は「バベル」が初めてでした。

アラブ語、ペルシャ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、日本語、
英語を含めると7カ国語が飛び交って作られたこの映画のテーマは、
「コミュニケーションの難しさ」そのものだと、監督自身が語っています。
「撮影を進めるうちに、本当の境界線は言葉ではなく、わたしたち自身の
中にあると気付いた」「愛こそが、すべての人間の生と死に意味を与える」
さらに監督は、この「バベル」とは何かを、明確に言い切っています。

「一番よかったのは、人を隔てる壁についての映画を撮り始めたのに、
 人と人を結びつけるものについての映画に変わったことだ。つまり
 愛と痛みについての映画だ」・・・これがこの映画のすべてでしょう。
この言葉の意味を確認するために、この作品があると言ってもいいのです。
優れた作品は、制作者自身が悩み考え、それが見るものに伝わってくる、
この「バベル」は、間違いなく、そうした作品の一つだと感じました。

ただ僕自身の感想を正直に言うなら、僕は「クラッシュ」の方がよかった。
まったく別の作品だから、比較して優劣を言うつもりはないのだけど、
この作品は、ひたすらやるせなく、せつないばかりなのに対して、
「クラッシュ」には、何か大きな救いがあった、そこに光が見えたのです。

人生は思いも寄らぬ無慈悲なもので、愛は死に対してしか報われないのか?
そんな辛い思いにさえさせる、澄んだまなざしの「バベル」に対して、
「クラッシュ」を見たときの僕は、涙があふれて止まらずにいたのです。
その涙は、一見無情な巡り合わせや繋がりに対して、誰かの幸せを願う人が、
誰かの幸せを願う故に「やってしまう」ささやかな祈りにも似た行為が、
どこかで本当にその人を守り、神の奇跡にも似た喜びをもたらすことへの、
感動であり、希望であり、感謝であり、愛を生きることの喜びなのです。

この映画「バベル」は、日本での話題性としては大きかったのですが、
「クラッシュ」に比べると、今ひとつ感動に欠けるものだった事は確かです。

アカデミー賞作曲賞を受賞した、この映画のサントラ盤は(↓)こちら。
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