死性生志の頃

僕はものごとを丸ごと記憶するのは苦手だけど、
さまざまな鍵から物語を紡ぐのは得意にしている。
だから僕が書くものはいつも物語性と無縁ではない。
本を読んで尊敬するようになった丸山圭三郎は、
「生命と過剰」第二部の「ホモ・モルタリス」の中で、
生の中にある死の差異化運動をコスモソフィーと捉えた。
その丸山がなぜ最後に「赤の“ひとかた”」を書いたか。
主人公の正治がモイラに誘われて性に目覚めるとき、
言葉が生みだした過剰の沸点であるエロティズムを知る。
10歳を過ぎたばかりの少年の前に広がる世界の深淵は、
生死を忘れる程の深みであり力を持っているものだ。

女性性のことは、まがりなりにも学校教育にも入っているし、
初潮が始まることで、即座に社会性を帯びてくるのだから、
一見秘め事のようでいて、皆が共有している公の秘密だ。
ところが男子の性の始まりは、昔のように若集もなければ、
古い文学作品でも読まないと、公には見えないままになった。
だけどこれが人生にとって大事件であることは変わりない。
僕は現代の若者が閉じ籠もりや切れやすい傾向にあるのが、
性との向き合いに失敗したためではないかと思うことがある。
大人は勝手に教育が悪いとか食べ物が悪いとか言うけど、
男子の性をしっかり受け止めている人はどれだけいるか・・・

僕は小学校の2年生の時に、同じクラスの子が川で死んだ。
それ以来、夜眠ろうとするときに死を意識するようになった。
水の中で呼吸ができなくなって死ぬとは、どういう事なのか?
この恐怖を克服したいために、夏はプールで泳ぎを覚えた。
それでもまだ夜の闇が怖くて、夜中のトイレは一人で行けず、
母や姉を起こしてついていってもらわなくてはならなかった。
それがなぜ平気になったのかは、性の目覚によるものだった。
5年生ぐらいに、特定の女の子のを好きになると同じ頃に、
男と女の肉体的な関係とは何かまで知るようになって、
そうした妄想や欲動が、闇の恐怖さえ消し去ってしまった。
棒登りで股間を刺激するうちに痺れて動けなくなったのも、
新しい世界の広がりを予感させるに十分でもあっただろう。

男の子のこの時期に、性と生活を教えないのは片手落ちだ。
好奇心の塊だった僕は、勝手に姉の雑誌などで知識を仕入れ、
それを友達などに話をして得意がっていた記憶がある。
6年生の時には一つ年下の女の子に性の知識を披露して、
卒業後にその子にラブレターを書くなんて無謀なことをして、
僕は中学一年にして、彼女の父親が家に乗り込んできた。
「うちの娘になんて事をしてくれるんだ!」と怒っていた。
何も悪いことをしていたつもりのない僕は驚いていた。
その娘が同じ中学校に入学して、僕は生徒会長になった。
あるときみんなの前で僕が演説していてヤジられたときに、
その娘が「静かに聞きなさいよ!」とたしなめていたと、
友人から聞かされたときに、涙が出るくらいに嬉しかった。

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