「クラッシュ」

配給会社がメジャーじゃないと言うだけで、
日本ではなかなかこの映画を見られる映画館は少ないようですが、
過去に見たアカデミー作品賞の中でも秀逸な作品だと思いました。

僕らは普段、自分の生活がひどく孤独で社会との繋がりがない、
あるいは他の人々の暮らしとは無関係だと思いがちですが、
この映画では、それぞれの生活がゆるやかに繋がっているのが見える。
こうした発想は、僕自身もよく口にして言ったりするのですが、
それを具体的な一つの作品として表現するのはとても困難です。
この作品はその困難に挑戦して、しかも見事に成功している。

毎日自分の思い通りにならない生活が続く中で、
人々はどうしても苛立ち、理不尽を押して暴力的になっていく。
やってはいけないようなことをやってしまい、さらに苦しむ。
だけどそうして人を苦しめる同じ人間が、人を助けることもある。
そこには単純に良い人と悪い人がいるわけではなく、
良い行為と悪い行為は絡み合いながら、人生があることを示す。

全体を通してゆるやかに流れ続けるマーク・アイシャムの曲もいい。
いくつもの事件や苛立ちがこの人の音楽によって慰められる。
せつない感情が、罪を犯す人々を見る目に優しさを重ねてくれる。
正義とは何か、人生とは何か、人間の理不尽なテーマに取り組んで、
ここまで見事に描き出した作品は、他にははうまく思い当たらない。
この映画がアカデミー作品賞を取ったことに、アメリカの救いを感じる。