ライフ・ワーク・バランス ?

イメージ 1
     (↑藤沢市の公報から)

日本では失業率が減って、有効求人倍率も高く、
緩やかな好景気が長く続いて、豊かな社会になった。
これがアベノ独裁の自慢ですが、その陰では、
数字にもならない、弱い人たちが取り残されています。
そもそもどうして、有効求人倍率が高いと言うのに、
仕事に就けない貧困者が、増え続けているのか?

例えば僕のように、高齢者が仕事をしたいと思っても、
ハローワークの仕事では、ほぼ門前払いをされてしまう。
うっかり年齢制限のない求人に、申し込んでみても、
実際には年齢で受け付けてもらえない、なんて普通です。
そこでシルバー人材センターへ、行ってみるのですが、
ここで仕事を求めている人は、失業者の数字には入らない。

さらに子育て世代の若い女性は、時間制限のために、
正社員にはなれないし、それこそ能力仕事を求められます。
ニートや引きこもりのように、毎日長時間働けなくて、
パートやアルバイトで働けば、社会保障も受けられない。
競争社会の企業で、人並みに働けない人であっても、
人間的価値が劣るとは思えないのに、差別されるのです。

ワークライフバランスと言われて、働き過ぎが見直され、
もっと自由に生きれば良い、・・・とはなかなか行きません。
老後の生活費がいくら必要だと言われ、それ以前にも、
結婚するには年収がいくらなんて、まことしやかに言われます。
子どもの頃に疑問に思った、勉強を頑張って良い成績を取り、
良い学校に入って良い仕事に就かないと、人生が難しい?

と思い込んでいる人が、いかに多いのでしょうか?
そこでは魂までお金に渡してしまって、そのことに気付かず、
自分の不幸は収入が少ない所為、と思い込んでいる人が、
お金によるヒエラルキー社会に、どっぷりと浸かっている。
もっと自由に、自分がやりたいように生きる道があることが、
どうして忘れ去られているのか、残念な気がします。

そこには国策としての、お金を稼がない人は人ではない、
みたいな価値観があって、個人ではどうしようもない面もある。
だけどお金を稼がないからと言って、殺されることはないし、
お金に頼りすぎずに生きることは、十分に可能です。
周りの常識を信じ込む前に、人生に何が大切かを考えて、
そこへ向けて舵を取ることで、見えてくるものもある。

日本の社会がもしも、さらにお金社会を進めるのなら、
ベーシックインカムのように、人を活かす仕組みが必要で、
そうではな自由度を維持したいなら、誰でも働ける環境が要る。
弱者に働ける環境を示して、その環境で最低限の文化的な、
暮らしができることが、この国の憲法で保障されたことなのです。
見せかけの成長では、新しい不幸を増やすばかりでしょう。

大切なのは、社会的弱者から一人が抜け出すことではなく、
社会的弱者そのものと、共に生きる豊かさを築くことでしょう。
本来の民主主義とは、弱い人を助けるためのものであり、
それは多様なあらゆる人の価値を、同じに認めることなのです。
SDGsはそこを目指しているので、僕らは目標を見失うことなく、
ライフワークバランスも、考えていく必要があります。