谷口公民館で自然農講座
立山町の谷口公民館で、毎年企画講座があるのですが、
今年は僕が呼ばれ、自然農の講座をやらせていただきます。
今回はその第1回目ですが、まずは様子を見るために、
最低限必要な資料を準備して、公民館へ行ってきました。
車のナビを使っていけば、たいていの場所はわかりますが、
同じ県内ではあっても、けっこう遠い場所にありました。
もともと富山県内は、呉東と呉西に別れているのですが、
この区分けは思っている以上に厳しく、別世界が待っている。
呉西に住む僕たちは、どちらかと言えば関西の影響が強く、
歴史的に見ても、ずっと加賀藩の文化圏に位置していました。
呉東呉西の“呉”とは、呉羽丘陵を指して言いますが、
この丘陵を境に、文化も大きく違っていたのです。
したがって今でも、呉東と呉西の行き来は少なくて、
呉西に住む僕らは、呉東の様子をほとんど知りません。
たまにこうして行ってみると、まるで観光客になったようで、
周囲の地形さえ馴染みが薄く、同じ県内とは思えません。
展示してあった立山町の写真を見ても、知らない景色ばかりで、
普段いかに立山町へ来ていないかが、わかると言うものです。
ともあれ1回目の講座をやって、参加者の人たちと、
あれこれ意見交換してみましたら、そこからは同じ人間。
過疎化に悩むこの地区は、すでに保育園も無くなって、
周囲に若い人がいないのが、あたりまえになっていたのです。
今回は地域おこし支援員として、この地域に入っている、
若い女性も参加してくれましたが、定住するのは困難という。
この若い人も、ゆっくり農的な田舎暮らしを望んでいますが、
それでは生計が成り立たないし、お金無しでは暮らせない。
自然農で得る収穫では、なかなかお金にはできないので、
何か別の収入が必要という、ジレンマから抜けられないのです。
去年の氷見の実例のように、余所から受け入れる若者を、
自然農の指導者に育てて地域起こしをする、なんて珍しい。
もっと多くの地域で、お金に頼らない暮らしができるよう、
社会インフラを変えていかないと、若い人は育たないでしょう。
お年寄りだけが残る地域で、何ができるかというなら、
今までの価値観を捨て、新しい若者が望む暮らしを応援する。
そんな中から、地域のお年寄りに助けられながら定住する、
新しいタイプの移住者が、生まれてくると思うのです。