もうすぐ雨水?

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夜中に目が覚めたら、ポツポツと水の音がしました。
昨夜まではシンと凍てついて、何の音もせずに、
ひたすら寒さを感じさせて、息を潜めたものですが。
強い寒波が去っても、すぐに雪解けが始まるわけでなく、
実際の雨水までは、まだしばらく日があります。

だけど真夜中に聞きつけた水音は、春のもので、
屋外の寒さも和らぎ、雪が溶け始めていると思われる。
雨水の説明には、雪が雨に変る頃となっていますが、
これは同時に、雪解けの水音が雨音に聞こえる頃でもある。
日中はともかく、真夜中のシンとした中で聞く水音は、
真冬の静が春の動に向かって、変化する証でもある。

身体がこわばり、命までが縮こまったような季節から、
生あるものの息吹を感じる、暖かい季節へ変る。
世界の至るところ、様々な四季の変化はあるでしょうが、
日本の四季は美しく有り難く、生活と結びついている。
中でも立春から雨水、啓蟄と変っていく春の運びは、
新しい一年の躍動が始まる、喜びに満ちているのです。

啓蟄になれば、また新しい年の農作業の準備をして、
春分からは、農地に出ての農作業が始まります。
清明には田畑で種下ろしが始まって、穀雨で芽が出て、
立夏には若々しい作物が、大地を緑に覆い始める。
こうして一年の農作業が、順繰りに回っていくのです。

冬来たりなば春遠からじ、なんて言われるのも、
僕らは春が大好きで、冬はひたすら春を待つから。
屋外のあらゆるものが凍って、音もなくなった世界から、
水音を使って辿って、命ある世界が蘇ってくるのです。
固く老いた命は、春の暖かさでまた息吹を感じます。

いくつもの年を重ねながら、僕ら人間たちもまた、
あらゆる生命と同じように、この世界を去る準備をする。
朽ちそびれて春を迎えたなら、また一年を生き伸びて、
夏から秋へと季節を過ごし、作物を作って子を育てます。
この循環を大切に守り、面白おかしく生きていくから、
人生は楽しくて、美しい輝きに満ちているのです。

この喜びを大切にして、余計な破壊活動をしなければ、
また新しい世代が、人生の素晴らしさを味わえる。
余計な欲に溺れて、過剰な生産活動をしてしまうなら、
地球系の命の環は壊れ、喜びは不安に変るでしょう。
そんなことにならないように、節度を持って生きたい、
そう思うから、時には立ち止まって考えるのです。

命の元である水の音を感じながら、僕らの暮らしは、
寄り集まって邦になり、自然と共にいまそかり。
宇宙の年月が何億年だろうと、僕らは今にのみあり、
見聞き触れ味わう香りの中で、美しい花を咲かせます。
限りある身を、限りない命の環へ届けるように。