2月えんかふぇ
今月は、ミャンマーへ行く人がいたので、
えんかふぇで、その話を聞こうと言うことになり、
月末の昨日に、2月のえんがふぇがありました。
ところが当日に、NPOの理事会が入ってしまい、
ミャンマーの話は9時からとなって、その前に、
「井波の地名と文化を考える会」を主催する人に、
少しながら、お話を聞けることになりました。
えんかふぇで、その話を聞こうと言うことになり、
月末の昨日に、2月のえんがふぇがありました。
ところが当日に、NPOの理事会が入ってしまい、
ミャンマーの話は9時からとなって、その前に、
「井波の地名と文化を考える会」を主催する人に、
少しながら、お話を聞けることになりました。
すでに70歳を越えて、今も現役で会社勤めをする、
とてもダンディな人ですが、仕事も自信たっぷりです。
まずは会社仕事の品質管理法から、話が始まって、
職場で仕事の効率を上げるには、どうしたらいいか、
興味深い具体的な話が、次々に出てきます。
それが一通り終わった所で、市民活動に話を向け、
知らなかった話を、たくさん聞くことが出来ました。
いろんなお話を聞いた中で、特に興味があったのは、
今のまちづくりが、井波の町の魅力を伸ばしてくれない、
もっと井波らしい魅力を、活かしたいと言うことです。
南砺市の魅力で、全国の人が知っている事と言えば、
第一に世界遺産の合掌集落ですが、その次に瑞泉寺がある。
その瑞泉寺の魅力を活かすようなことが、何もなされないで、
道路の拡張や観光誘致など、お金ばかり使っている。
この巨大な寺町の、魅力の一つであった遊郭地帯は、
道路拡張整備によって、すっかり姿を消してしまったし、
表参道の脇道や裏道には、秘められた魅力があるのに、
そうした奥文化には、誰も注目していないのは何故か?
それは合併当時の町の政治を担った人が、地元生まれでなく、
余所から来た人だったから、魅力を知らなかった。
それゆえに平気で、歴史のある町名まで変えたといいます。
なるほど、合併当時疑問に思っていたいくつかのことが、
聞いてみれば確かにそんな気もするのですが、僕も当時は、
そんな事情など知らなかったので、流されるままでした。
そして事情のわかる人たちは、大学を出て都会で就職すると、
そのまま井波には帰らずに、井波はよそ者に蹂躙される。
とまあそこまでは言いませんが、大切にすべきものが失われ、
今になって僕らは、失ったものの大きさに戸惑うのです。
井波の長い歴史を、どのように大切にすればいいのか、
ただ守るのではなく、活かせる工夫をすることで、
もっと豊かな地域にしていける、とあらためて思うのです。
仕事を能率良くするのも、家族の協力が必要なように、
僕らは皆、個人の後ろに家族と歴史をもって暮らしているなら、
家族や歴史を大切にする仕事でないと、夢中にはなれません。
住民が心を一つに出来るような、まちづくりがしたいものです・・・