叶えたい望み

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先日彼女が、「実現したい夢」を書き出していました。
何かのワークシートみたいな用紙に、百の書き込み欄があって、
すでにその項目は一杯になり、はみ出して書き続けています。
どんなことを書いているのか、なにげなく覗いてみたら、
あちこち行きたい場所や、やってみたいことが書いてあって、
家族との幸せを願うようなことも、しっかりと入っている。

残念ながら、その百項目以上の夢の中に僕は出てこなくて、
僕の横で一生懸命「実現したい夢」を考える、彼女の頭の中では、
不思議なほど、僕のことなど思いつきもしないらしい。
それなら僕なんかどうでもいいのか?、と考えてみれば、
そうでもないようで、現に僕は彼女に大切にされていると思う。
確かに、二人仲良くしていたいことはすでに現実だから夢ではない?

それにしても、どうしてそんなにたくさん「実現したい夢」があるのか。
ちゃかし半分で聞いてみたら、僕には夢がないのか?と逆に聞かれました。
そこで僕は、「いつだって夢は実現しているから、これでいい」と答え、
実際今の僕には、4つの願いがあることを話しました。

1、自然農的暮らしで、自分に必要なものはなるべく自分で賄う。
2、市民活動によって、誰でもが気持ちよく暮らせる社会を育てる。
3、付き合っている彼女を、出来るだけ大切にして幸せに暮らす。
4、生活に関わるあらゆるものを、少しでも芸術的に創作していく。

彼女に話したときは、4番目のことは言いませんでしたが、
これはあくまでも、サブ的に潜んでいればいいことで、
今は1~3だけで手一杯なので、伏線としてあればいいでしょう。
どちらにしても僕にとって生きることは、夢を実現することなのです。

この感覚は今に始まったことではなく、思えば子どもの頃から、
自分がやりたいことを、少しでも実現するために生きてきたとも言えます。
学びたいこと知りたいことがたくさんあり、学生時代のあとは旅に出て、
そのまま10年間余り旅の暮らしをしたのも、夢を実現した一つです。
それから会社勤めをしてお金を稼ぎ、ヨットやダイビングを楽しんで、
カンクン、ピーピー、ボホール、バリなどのリゾート地で過ごしてきた。

そんな過去があるからか、今は落ち着いて自然農的暮らしを好み、
「金使え広告」にも惑わされずに、平気で貧乏暮らしを楽しんでいる。
そう思えば、彼女が次々に書き出す夢が百を超えるのもわかる気がします。
と言っても今の僕には、20代でこそ出来た様々な無茶や冒険を、
彼女と一緒に繰り返す体力はもうないし、それは僕の望みでさえない。
何か手伝えるなら、力になりたいとは思うのですが・・・
 

写真は30年前に、ピーピー島で滞在していたときのコテージですが、
その後のスマトラ沖地震による津波で、壊滅したと聞いています。
今ここに在るすべての奇跡を、大切にして生きたいですね!