稗(ヒエ)の子

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天気が良くて、気持ちのいい朝でした。
稗の子は嬉しくなって背伸びをしていたら、
近くにいたお母さんが、緊張した様子で言いました。
「今日はいつもの人じゃなくて、慣れた人のようだから、
 なるべく気付かれないよう、静かにしているんだよ」
稲列の中にポツポツと立っている、稗の家族は、
お互いに声を掛け合って、見つからないように注意します。
人に見つかれば、簡単に引っこ抜かれてしまうからです。

「お父さん、僕らは何も悪いことをしていないのに、
 人に見つかると、どうして抜き取られれてしまうの?」
稗の子がそう聞くと、お父さんは言いました。
「どうもこうも、見つかると抜き取られるんだから、
 見つからないように身を潜めて、もしも見つかったら、
 しっかりと地面にしがみついて、抜かれないように頑張るんだよ!」
ちっとも理由を教えてくれないので、不満に思っていたら、
隣列のお爺さんが、のぞきこみながら言いました。

「稗が増えると、米の収穫が減るからさ。
 人間たちは、少しでもたくさんの米が欲しいから、
 余計な稗には、栄養をやりたくないのだろう」
稗の子は、少しわかったような、わからないようなで、
もう一度、今後はお爺さんに聞いてみました。
「どうして米ならたくさん増やしたくて、
 稗なら増えて欲しくない、と思うのかなあ・・・」
「そりゃあ米は売れるけど。稗は売れないし食べないからだよ」

ちょっと間を置いてから、お爺さんは付け加えて言いました。
「だけど昔は、稗を育ててくれる人もいて、
 そんな人の所では、稗だって平和に生涯を過ごしたものさ。
 それがいつのまにか蔑視されるようになって、
 今じゃ稗は、目の敵にされてしまったんだよ」
そんな話をしている間にも、人間たちがやってきて、
米列の中から、稗を見つけては抜き取って捨てていきます。
とうとうすぐ近く、お爺さんの列に来て、お爺さんを引き抜きました。

それから稗の子がいる列に来て、お父さんとお母さんも、
アッという間に見つかって、素早く引き抜かれてしまいました。
たしかに今日の人間は、いつもと違ってお目こぼしがありません。
やがて稗の子の所まで来て、人間はニヤリと笑いました。
稗の子は、自分が見つかって引き抜かれると覚悟して、
必死に地面にしがみつきましたが、まったく人間には敵いません。
でも、引き抜かれたまま捨てられると思ったら、
別の一角に集められて、また地面に差して育つようにしてくれました。

「どうだな、驚いたかい、坊やはもう助かったんだよ」
知らない人がそう言って、稗の子に手を差し伸べてくれました。
「助かったのは僕だけみたいだけど、どうして助かったんですか」
するとそのグループの、リーダーと思われる稗が教えて言いました。
「僕らは人と共生する道を選んだ稗なんだ。
 ここはそんな僕らのような稗を、栽培する場所なんだけど、
 最近また稗を食べる人が増えて、数が足りなくなりそうだから、
 坊やのように敵対心のない稗を選んで、移植されたんだよ」

米列の中で見つからないように、引き抜かれないように、
生涯びくびくして暮らすより、自分を活かして暮らしたい!
そう思っていた稗の子は、嬉しくなって小躍りしました。
お母さんやお爺ちゃんに、もう会えないのは悲しいけど、
それは覚悟しているように、いつも言われていたことなので、
さほど悲しいとも思いませんし、今までの稗の世界では普通のことです。
だけど今度は、同じように自分を活かしていこうとする仲間がいて、
助け合いながら、生涯を全うして子孫を残せるのです。

みんながそんな風に、敵対せずに助け合って生きられたら、
どんなにすばらしい世界になるか、思っただけでも素敵です。
稗の子は、これから自分が生きる世界に思いを馳せて、
今度は誰に遠慮することなく、大きく胸を張って背伸びしました。
「米でなくたって、僕らはそれぞれの命をまっとうする中で、
 稗は稗として役に立つことがある」
そう思うだけで、全身に力がみなぎって来るようです。
役に立たないからって、もう引っこ抜かれる心配はないのです。