「ぶたばあちゃん」

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シドニー在住のマーガレット・ワイルドさんの文に、
タスマニア在住のロン・ブルックスさんが絵を描いた、
パステル調の絵がおだやかで美しい、二人の物語絵本です。

仲良しのお婆ちゃんと孫娘が、二人で一緒に暮らしていて、
お互いにお互いを助け合う、いい関係が続いていました。
ところがある朝、お婆ちゃんが起きてこなかった頃から、
少しずつお婆ちゃんに死期が近づいていることがわかります。

お婆ちゃんは自分の死が間近いことを知って、孫娘を連れて、
美しい自然のある町のあちこちへ、散歩に連れて行きます。
そして木の葉のきらめきや、流れ行く雲、水にうつるあずまや、
土の匂いや雨の感触の素晴らしさを教えていくのです。

それは生きていることの素晴らしさであり、味わい深さで、
孫娘は少しずつですが、お婆ちゃんが死に行くことを知って、
その最後を、安らかに迎えさせたあげたいと思うのです。

死に行くお婆ちゃんの、人生の最後に立ち会いながら、
懐かしい話をし、月光に照らされ、一緒のベッドに入って、
やさしく抱きしめながら、最後の時を共有する。

これはこれで、人間として暖かい物語なのですが、
あれっ?お父さんやお母さんはどうしたの?と思いました。
日本には「親死に、子死に、孫死ぬ」と言う言い回しがあって、
順番であることが、目出度く人生を全うした証でもある。
それがこの物語では、親が出てこないので不自然なのです。

お婆ちゃんを看取る親の姿を、孫である子が見れば、
そこで自然に、親を看取る自分の姿も想像することが出来る。
そして親が、お婆ちゃんにどんな態度で死を迎えさすかを見れば、
孫は自然に自分と親の関係や、死に臨む自分の姿も見るのです。

この絵本には、なぜ親が出てこないのか?
それが引っかかって、孫ブタのことを思うと、
二人で暮らしていた片方を失うことの寂しさを、
お婆ちゃんと孫の関係以上に、心配になってしまいます。

お婆ちゃんを失って、一人きりになる娘が心配です。
余計な心配なのかなあ・・・


お婆ちゃんと娘の絵本「ぶたばあちゃん」は、(↓)こちらから。
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