~海を遠く~

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北陸は、となみ野の山沿いの町で、
12月12日の午前4時4分だというのに、
暖房もしていない室内の温度が、15℃もある。
先日の寒波で冬用にした寝床は、なま暖かくて、
今さら布団を変える気もしないから、
布団の中でパジャマを脱いで、裸になった。

寒くさえなければ、裸の感覚は好きなので、
そのまま、全身の皮膚感覚に心を浸っていると
僕は少しずつ、皮膚の表面になっていく。
何も聞こえない、何も見えない夜のどん底で、
僕の全部が、皮膚になって這い出していく。

記憶の中だろうと、思い込みだろうとお構いなしに、
僕はゆっくりと流れ出して、あらゆるものに染み入り、
裏木戸を抜けて、妖怪が跋扈する雑木林を進んでいく。
誰もいない学校の門を抜けて、闇の校舎に忍び込む。
ビーナスのレプリカが置かれた、美術室の窓から、
中二階の段差を伝って、屋根の上に登っていく。

産まれ育った町並が、窓に明かりもなく沈んでいて、
星空に向かって寝ころぶと、僕は宇宙に吸い込まれる。
あれは、昭和44年4月4日の4時4分だった。
僕は初めて地球の外から、この星の姿を見て泣いた。
逃げきれずに戻ってきた僕が、今もここにいる。

なま暖かい記憶が繋がる中で、僕はいつも海にいる。
海を遠く、おまえは遠景を見つめたまま動かなかった。
僕は永遠を二度繰り返し、何かを失ってしまった。
二度神に触れ、真贋の盲目になってしまったのだろう。
それもまたあらかじめ、宿命だったのかも知れない。
愛は遠く、僕は一瞬にして裸の不安によみがえる。

手のひらになった僕は、自分の形をなぞり、
骨肉の有様や、指先から伝わる触感に、
ピリオドにいたる定規の終わりを感じている。
どうよ、イソップ、馬鹿って言わないで!
ごめんよ、ごめんよ、馬鹿は最初から俺なんだ。

さっき、あんなに暑くてパジャマを脱いだのに、
僕はあわててシャツをかぶり、パンツをはく。
一気に冷気が僕を包み込んで、凍えさせる前に、
まるまって、皮膚から自分を取りもどす。
少しずつ目覚める意識に、辻褄を合わせて、
僕はまた、いつもの僕になって、朝を迎える。