源氏物語千年紀

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何年か前から、源氏物語に造詣の深い谷口先生の下で、
源氏物語を全編読み解こうという勉強会に参加しています。
月に一度、自主的に集まってやっているだけなので、
今ようやく「乙女」の段を読んでいるところですから、
いつ最後まで読み終わるのかもわかりませんが・・・。

その源氏物語が書かれて、最初に記述にあらわれるのが、
寛弘5年(1008年)11月1日の紫式部日記とのことで、
来月1日は、源氏物語千年紀として様々な催しがあるようです。
そこで僕らも、朗読会をしようと言うことになりました。
特に誰かに見せるためのものでなく、仲間内だけで、
千年紀を勉強会の節目にしようと言うわけです。

それにしても、よくぞ千年前にこれだけの大作が書かれ、
今日まで読み伝えられたものだと、感心せずにはいられません。
当時は漢学が学問の中心であり、これは男のやるもので、
乙女にも「女のえ知らぬことまねぶは憎きこと」と書かれており、
学問ではない和文化の物語は、人々を楽しませたのでしょう。

当時既に、和魂漢才とする考え方があったようですから、
学問だけが出来ても、野暮ったい学者風情ではいたし方なく、
人々にとっての理想は、才色兼備の光源氏だったわけです。
それではこの「色」としての和魂とは、どのようなものなのか?
和魂の心をひたすら書き続けているのが、源氏物語なのでしょう。
歌舞謡曲の類から、衣装の色柄着こなし佇まいといったこと。

都以外はすべて鄙びた田舎で、文化も未熟なわけですから、
こうした人工的な美しさがもてはやされるのは当然でしょうが、
同時に精神的な情景として、盈虚(えいきょ)思想があります。
大陸から渡ってきた無常観が男性の文化とすれば、
この盈虚思想は、それ以前からあった精神文化でしょう。

月の満ち欠けから、栄えることと衰えることを諭す心ですが、
これが仏教文化の無常観とどう違うのかが、面白い。
源氏が薫の元服に際し、すぐ高い身分を与えずに学問させるのは、
これから満ちる月の状態に、薫を置こうとする考えなのです。
日本人が旬のもの、少し早い未熟を楽しむのもそのためで、
この文化こそ、和魂(にぎたま)の真骨頂だと思うのです。

写真は紫式部日記絵巻のものです。


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