罪を犯す覚悟の始まり

初めてのデートは、中学3年生の冬だったと思う。
夏の頃から好きだった同じ学年の女性に気持ちを打ち明けて、
クリスマスの頃から、電話をしたり、ちょっと言葉を交わしたり、
そして僕が気持ちを打ち明けて、付き合って欲しいと言ったときに、
彼女は一個のペンダントを、母のロケットだと言って僕に渡した。
ロケットなら写真が入っているにちがいないと思いこんだ僕は、
強引に開こうとして、そのペンダントを壊してしまった。

今のように携帯電話もなかったし、家の電話は使えない。
僕は雪の降りしきる夜の町を、公衆電話まで歩いたのを覚えている。
街路灯の明かりに降りしきる雪がスポットライトを浴びたようで、
おそるおそる繋がった電話に出たのは、叔母さんだっただろうか。
翌日の学校帰りに、近くの食堂の裏で二人だけで会った。
彼女は壊れたペンダントを受け取って、黙って涙を流した。
僕は誤りながら、だって君がロケットって言ったからと言い訳した。

その娘とはそれっきりで、付き合いは続かなかったけど、
これが生まれて初めての、男と女を意識したデートだった。
どういう事かと言えば、親も兄弟も友人も先生も誰も関係なく、
独立した一個の男が、自分の全部を受け入れてくれる女を求めて、
生まれて初めて、その女のためならどんな罪も犯す覚悟だった。
この時期に僕は、やってはいけないと言われている悪いことを、
上手にやってしまう知恵?と勇気?を身につけ始めていたのだろう。

真夜中の学校に無断で忍び込んで、美術室のオブジェで遊んだり、
そのまま屋根に登って、夜空の星を眺めていた記憶もある。
町の銭湯で、脱衣所の羽目板に隙間があると聞いて出掛けていき、
若い女性が服を脱ぐのを見て興奮したり、悪仲間と情報交換もした。
学校の体育館脇にあった女子の更衣室は、隣の準備室から覗けると、
交代で覗きに入り、見つかって捕まったヤツはしっかり黙秘していた。
好きになった女性の家の庭に、朝早く忍び込んだことさえある。

夜中に良からぬ事を考えて町を彷徨い、走って家まで帰るときに、
補導の警官に呼びとめられそうになっても、家までは走りきった。
何をしてたんだと質問されて、運動会の練習だと答えた。
たしかに翌週が運動会だったので、僕の言い訳はすぐに認められた。
授業中に抜け出して好き勝手なことをやる特権も上手に手に入れた。
僕は学校の生徒会長をしたあとも、好き勝手に生徒会室を使って、
少しずつ自分の世界を広げることを覚えていった時期だった。

この時期を経て、僕はルールよりも大事なものがあることを知り、
男は、好きな女のためなら、どんな罪でも犯すだろうと思っていた。
まだ愛情の何であるかを知らず、許し合う喜びには気付いていなかった。