「長い散歩」

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田舎暮らしをしていると、奥田瑛二監督の映画など見る機会がない。
したがって「少女」も「るにん」も見ていないのだけど、
たまたま今回は10スクリーンを持つシネコンで一日一回ずつ上映された。
それも昨日までで上映はうち切られ、悲しいかな観客も少なかった。
だけどこの映画、モントリオール世界映画祭のグランプリをはじめ、
国際批評家連盟賞、エキュメニック賞の三冠を受賞しただけあって凄かった。

何が凄いかと言えば、たぶんこれは奥田瑛二の才能なのでしょう。
実はストーリーとしては、無駄なところや辻褄の合わないところがあるのに、
そうしたアラが、まったく気にならないほど、各シーンが魅力的なのです。
それぞれのシーンが、独立して切り抜いても価値があるような、
何か深い物語性を持って、見るものの心を掴んで離さないとでも言うか。
物語の辻褄よりも、訴えたいものを最優先に映像化しているのが凄いのです。

出演者の選択もすばらしいし、役者はよくその要求に応えている。
緒形拳(69)〔安田松太郎役〕、杉浦花菜(6)〔横山幸・サチ役〕、
高岡早紀(34)〔横山真由美役〕、松田翔太(21)〔ワタル役〕、
そして刑事役で出ている奥田瑛二監督(56)と主な出演者はこれだけで、
中でも尾形拳と高岡早紀は、これ以上望めない演技力を遺憾なく発揮して、
子役の杉浦花菜は、演技であることを忘れるほどにできていた。

さてこの映画のテーマは深い。物語として幼児虐待を扱ってはいるけど、
ひとりの男の人生と、ひとりの女の人生と、ひとりの子どもの人生と、
また別のひとりの女の人生と、ひとりの男の人生と、バラバラにあって、
みんな誰かを求めているくせに、うまくやっていけない悲しみが漂っている。
その一番の犠牲者は、やはりどこへも逃げていく場所のない子どもだろう。
それは確かだけど、小さなその子を助けられるのは、大人の孤独かもしれない。

もう一度言っておくけど、この映画をストーリーで追ってみても、
たいしたものは得られないし、そこそこの映画でしかないことになる。
ところが、それぞれのシーンに浮かび上がってくるものを追っていくだけで、
この作品の内容は、一気に何十倍にもふくれあがる力を持っているのです。
罪を犯しても、助けるために手を差し出さずにはいられない安田松太郎の心は、
いつのまにか現代人が失った、もっとも大きな美徳だったのかもしれません。

さて、この映画を見終わったボクは、あらためて奥田瑛二監督に興味を抱き、
「少女」と「るにん」を、なんとか見てみたいと思うようになりました。
周防監督とはまったく違う個性で、しかもこれだけ才能が豊かだと知れば、
いやはや日本映画は、今まさに全盛を迎えようとしているのかも知れません。