「マインド・クエスト」

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これはもう最上級に刺激的で面白い本に出会いました。
アメリカ、トリニティ大学の哲学教授ダン・ロイドが書いて、
谷徹・谷優の二人による訳で、講談社から先月出版されたものです。
邦題は「マインド・クエスト(意識のミステリー)」。
636頁の大作は、第一部を小説「現象学のスリル」として、
第二部が論文「本物の蛍-意識の科学についての考察」となっており、
両者は同じテーマを二つの手法で描いて、興味深い仕上がりでした。

小説では哲学を学ぶ研究生が、担当教官の部屋で教授が倒れているのを発見する。
この教授が生きているのか死んでいるのかもわからないまま時間が過ぎて、
やがて教授の不在が、思わぬ事件を引きつけて、彼女は不思議な体験をする。
野心に満ちた脳神経科の研究生や、怪しいロシアのスパイまでが登場して、
コンピューターの仮想空間を利用して世界を支配する方法までが飛び出してくる。
しっかりとした情景描写で、目前の現実を小説手法によって描き出しながら、
常にそのどこまでが現実か確証が遠のいていく世界は不気味でもある。

そうした小説世界を破綻なく描き、「物語でないもの、詩でないもの、
つまりフィクションでないものなど、この世界には存在しないのです」
と言い切ることで、「実在」の危うさを引きずり出してみせるのです。
小説だけを読むと、これは単なるバーチャル世界を描いた物語であって、
現実はその奥に静粛に存在しているかのようでありますが、そうではないのです。
第二部の論文は、この小説の内容を拠り所にしながら、現実は何かを追いつめる。
それは、現在多くの認知学で言われる「探知」だけでは解明できないことを証す。

探知(センサー)をいかに多く増やして、「空想と本物の所得性のディティル
という点で一致する場合でも、それでもなお、最後まで残る超越という非感覚的特性は、
違いとして現れ続ける」この超越した存在を認識させてくれるのが時間だとしている。
どうやらこの本は、読んでいるうちにハイデッガー現象学のコアに触れて、
さらに未解決と思われるテーマを、僕らにもわかりやすく示してみせてくれるようです。
「意識は時間的であるが故に絶えず変化するものであり、その瞬間と瞬間が同じだという
ことは決してないのだ。この巨大な渦巻きの中から認知を救い出すことなど出来ようか?」
こう突き放しながら、回帰型ネットワークに一つの道筋を見つけだしていく。

コンピューターの最新技術を駆使した研究をあざ笑うかのように押しのけながら、
この本では「ゲーゼル、エッシャー、バッハ」のような深い可能性も見せてくれる。
こうした知的好奇心から始まって、哲学世界の最先端にまで連れて行ってくれる本は、
そう滅多にあるものではないし、この本は実にうまく出来上がっていると思いました。
さらに僕はここで出てくる「超越した実在」と「現象学的実在」の関係において、
松永澄夫の著書「言葉の力」における「主語」の意味を思い出さずにはいられません。
ここで主語はさまざまに述語で表現されるわけですが、けっして尽くされることはない。
それが現象学的実在と超越する実在が違う意味なのだと納得が出来るのです。

いやはや、なかなか深い内容の本なので、長く読み続けようとしても続かないで、
読むのに一週間以上掛かってしまいましたが、それに引き合う面白さはありました。
人間として、こうした人の労作に出会えることは、ありがたいことであり、
現実社会のバカバカしさをどう了解すればいいかわからなくなったときなどには、
こうして世界の様相を看破してみるのも、少しは気が晴れていいかも知れない。
これはたしかに、「知の楽しみ」の最先端なのだろうと思いました。

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