一年経って思うこと

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週に2~3日という、学校の仕事を得て、
ちょうど一年間が、過ぎたことになります。
仕事は少しずつ覚えて、熟していますが、
最初の頃は、何をすれば良いかも分からない。
そんな状態の中で、仕事をしているときに、
教頭先生から、心に残ることを言われました。

「僕は何をすれば良いのか、よく分からない」
と言ったら、即座に答えられたのが、
「何をしなくても、ただ居てくれればいい、
 居てくれることで、安心が生まれるのです」
と言われたのを、今でもよく覚えています。

最初は、僕の能力を疑っているのかな?
くらいに思ってましたが、実はそうではない。
何が出来なくても、そこに控えている人がいると、
確かに安心感が生まれ、それぞれの人が動ける。
人間の文化には、たぶん日本文化に限らず、
人の存在によって生まれる、安心感があります。

実際にこの一年間、公務助手の仕事をしてみると、
やることは思った以上に、たくさんありました。
昨年は雪が多かったので、除雪の仕事から始まって、
卒業式、入学式、運動会、発表会など行事は多く、
そのつど準備や片付けなど、やることは多い。

だけど効率だけで言うなら、専門の人を使い、
必要な仕事には、必要な人を充てれば良いのです。
常時助手のような人は、必要なさそうなのに、
わざわざ雇っておくことで、どんな意味があるのか?
人は自分の専門職を、いくらうまくこなしても、
これでいいのかって、不安は常にあるのです。

トップの人が、うまく動けるためには、
その脇役のような人が、実は重要になります。
それぞれの仕事を熟すにも、脇役は必ず必要で、
場合によっては、脇役の脇役ってものも必要になり、
そのとどのつまりが、公務助手だと言っても良い。

様々なことをやってきて、人生を一通り終えて、
それでも社会性を失わずに、仕事をやる気がある。
誰よりも人の下に居て、不満に思う事なく、
それぞれの仕事を支えるような、雑用を熟す。
そんなポジションで、しっかり居れば、
それが安心感となって、全体が回るのです。