騙されながら・・・

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いつの時代もそうなのか、今の時代だけが特別なのか、
社会で生きるには、騙されながら生きるしかないようです。
この10年間を見ていても、詐欺のような政治だし、
みんなで騙せば悪くないような、姑息な行政が行われ、
儲かりさえすれば、人を騙し蹴落として平気な経済です。

むかし鶴田浩二の、「傷だらけの人生」と言う歌詞に、
「右を向いても 左を見ても
 ばかと阿呆の からみあい
 どこに男の 夢がある」
なんてのがありましたが、もう半世紀前のことになります。
あれから僕らの社会は、何も変っていないように見える。

人間の価値観は、すべてお金によって絡みとられ、
お金経済の拡大のために、多くの人が騙しあいを演じる。
人類の歴史の中では、長いあいだ恥ずかしいことだとされた、
働かずに利益を得る行為が、今では持て囃されてもいます。
せっせと働くよりも、濡れ手に粟を望む人たちの社会。

自分はと考えても、騙しているのか騙されているのか、
グレイゾーンに居座って、のうのう汲々と暮らしている。
インターネットの見えない世界で、微妙に騙されても、
わざわざ「騙された」と、訴えることさえ面倒だし、
10万や20万円の損害だと、訴訟経費の方が高くつく。

一人の人から1000万円奪えば、明らかに犯罪だけど、
1000人の人から1万円ずつ奪えば、微妙になってくる。
まして10000人から1000円ずつなら、誰も訴えないし、
それがインターネット上で、ややこしく処理されていれば、
解明して訴えるなど、それこそ経費倒れになってしまうのです。

こんな社会だから、あらゆる正義はややこしくされて、
何が正しいか間違っているかは、複雑な文脈にゆだねられる。
そこにまた騙しのテクニックが入り込み、正体は隠されて、
あらゆる憶測が出回りながら、事態は揺るぎなく進んでいく。
まったくもって、僕らは日本をこんな時代にしてしまった。

どこかの独裁者が、隠し持っていた不正が見つかり、
これが明るみに出れば、一発で政治生命が終わると言われた。
だけど何が明るみに出ようと、独裁者を引きずり下ろせるほどの、
公明正大なものなど、どこにもないのだからしょうがない。
独裁者は国家の危機を創作しても、自らの安泰を演出する。

4年前に僕は、プロバイダーの変更でおかしな状態になり、
去年は新しいパソコンの導入で、無用なソフトにお金を払った。
騙された僕も愚かだけど、事情を知っている人の説明で、
「害はないけど、何の役にも立たないソフト」と言われたときは、
金額が少なくなかったから、がっくりとしたものです。

さてさてこれから先も、僕らの時代はさして変らず、
微妙に騙されながら、その仕組みは解明されることもない。
経済効率を考えれば、騙されないでいるより騙した方が、
金額的な効果は高いのだから、騙したもの勝ちになるのです。
なるべく染まらずに、自分を生きるしかないのでしょう。