いただき物ばかり
姫は明後日で、4ヶ月になります。
今までいろんな人の、世話になりながら、
気が付けば姫の周りは、いただき物ばかりで、
僕らが買ったものは、ほとんどありません。
そろそろ夏物を準備しよう、と思っていたら、
富山の先輩から、夏の身の回り品をいただきました。
ありがたさに、身がすくむ思いです。
今までいろんな人の、世話になりながら、
気が付けば姫の周りは、いただき物ばかりで、
僕らが買ったものは、ほとんどありません。
そろそろ夏物を準備しよう、と思っていたら、
富山の先輩から、夏の身の回り品をいただきました。
ありがたさに、身がすくむ思いです。
出産予定の時期から、おしめなどは回ってきて、
姫用の寝具などは、すべていただき物ですし、
肌着や服も、お祝いとして頂戴した物ばかりです。
親戚縁者はもちろん、友人や市民活動の仲間、
自然農の仲間からも、思わぬいただき物がありました。
こうしていただいたもので、姫は身を包んでおり、
そのことが、姫を守っている気がします。
人は自分だけで、生まれてこられるわけではなく、
生まれた後も、一人では成人になれません。
親兄弟など、家族の力を得て育つわけですが、
その家族は、親戚縁者や地域の人たち、
さらには様々な活動仲間に、支えられています。
その人たちから、姫の身の回り品をいただくとは、
姫を守るパワーを、いただいていると言うことでしょう。
こうした人の繋がりによって、僕らは暮らしを立て、
無事に姫を育てられる事に、感謝せずにはいられません。
私の人生で学んだ“幸せ”とは、人の役に立つことで、
いつのまにか自然農も、NPOなどの活動も、
環境保護やまちづくりと言った、ハードな側面から、
人間関係を育てて、暮らしを楽しむことに向かっている。
なるべく問題を起こさずに、命を活かしたいのです。
実際にやっていることは、失敗ばかりですが、
失敗を繰り返しながら、繋がった仲間の絆によって、
僕の人生は、少しずつ豊かになった気がします。
効率や合理性よりも、その人の力になりたいと思って、
お金にもならないことをやることが、大切なのです。
収益など何もなくても、人生は少しずつ豊かになってきて、
自分の生き方のようなものが、見えてくるのです。