「自由と共生」 VS 「管理と統制」

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このところ社会の様子や情勢を見ていると、
身近な地域においても、国際社会においても、
二つの価値観が微妙に入り乱れて競っています。

一つはこの20年間に築かれた、新しい流れで、
公共事項は公開を前提に、話し合いで決める、
住民自治による、直接に近い民主主義を目指す。
ウィキリークスコチャバンバ宣言などは、
こうした流れで見れば、理解できるでしょう。

この流れの中では、拡大成長よりも質が問われ、
人間の生き方を問うことで、多様な幸せを求める。
その基礎となる大切なものは、自然の循環であり、
持続可能な暮らしで、人々は生活そのものを楽しむ。
何でも人のせいにして、批判ばかりするのでなく、
各自が自立的に、責任を持って生きることを目指す。

もう一つは一時代前のもので、産業拡大を目指し、
合理的な効率のために、市民の意志は管理され、
公共利益の名目で、価値観が統制された社会です。
この人たちは、自分たちに不都合な情報公開を拒み、
自分たちの不利益を、公共の不利益と思い込む。

この流れの中では、経済拡大こそ大切ですから、
何でもおカネ換算された価値観で、優劣を付けて、
お金を稼ぐシステムや企業が、持て囃される。
どこかで誰かが犠牲になっても、気にしないで、
勝てば官軍の御旗を立てて、突き進む勢力だから、
必然的に貧富の差を築き、力の対立を招きます。

どちらが未来を切り開くかは、明らかですが、
管理したい人たちは、圧倒的な量の情報を流して、
それが常識だと思い込ませて、旧体制を維持します。

いわゆる戦後と呼ばれた、復興経済の時期には、
拡大生産経済が必要だったことも確かでしょうが、
時代は明らかに変わっており、もう続かないのです。
過去が間違っていたかどうか?の議論以上に、
そのままは続かない、新しい時代を認識すべきです。