蛇がいない

僕は子どもの頃から、蛇が大の苦手でした。
道路に長々と伸びていた蛇を、自転車の前輪で踏み越えてしまい、
驚いて自転車を止めたのはいいけど、後輪で踏み越える勇気もない。
前にも後ろにも進めない、背筋の凍る思いをしたものです。
あるいは家と家の隙間の路地を歩いていたら、
突然上から蛇が落ちてきたときのことも忘れられない。
沖縄へ行くようになって、一番心配だったのがハブですが、
夕方友人と散歩していたときは、足を降ろせば踏みつけるところで、
友人が大声を上げて、飛び退いたこともありますし、
ハブではないけど、宿の冷蔵庫の後ろに巣くっていた蛇が、
夜中に寝ていた僕の足の上を通って、ビックリして飛び起きた、
そのときの自分の、一瞬にして飛び起きた反射神経にも驚く。
さらには宿の主人と、通りがかりに2メートル近い蛇に出会い、
こんなでかいのは珍しいから捕まえようと言われて、
絶対にイヤだ!と逃げ出したこともありました。

それがこの8年で、感覚が変わってきました。

大の苦手だった蛇ですが、自然農を始めるようになって、
少しずつ蛇に対する認識が変わってきたのです。
最初は自然の生態系として、蛇の役割を考えるようになり、
そうすると、蛇は何も人間に悪さをすることもなさそうなのです。
それどころか、大きな蛇ならネズミやモグラを退治してくれるらしい。
まみあな時代には、小さな蛇を手のひらに乗せたこともある。
だから田んぼの排水溝の近くで、ネズミを飲み込んだらしい、
大きなヤマカガシがとぐろを巻いて、威嚇音を出したときにも、
遠巻きにそっと眺めて、別の用をしたものです。
僕らの自然農田畑には、確認されていただけでも、
1メートル級の蛇が3匹はいたでしょう。
一度は誰かが仕掛けた鳥よけの網に蛇が絡んで、
みんなでそれを助けるために、力を合わせたこともある。
今でも突然現れる蛇は、見ることさえ大の苦手なのですが、
その存在には、密かに感謝する気持ちもあるのです。

そんな蛇が、今年はまだまったく姿を見ません。

先日から、野ネズミの住処になった畑の畝を手入れして、
建坪率60%ほどに、縦横無尽に広がった穴を潰したのですが、
いくら草を伸び放題にしても、これだけ野ネズミがはびこるのは、
天敵である鳥や蛇がいなくなったからではないのか?
フッとそう思ってみると、最近は大きな鳥はキジしかいないし、
去年までは頻繁に出会っていた、蛇の姿をまったく見ていないのです。
まだ季節が早いからならいいのですが、そうでなければ・・・
蛇がこのあたりの環境の変化に、ついていけなくなったのだとしたら、
自然農には健全な生態系が不可欠で、これが壊れてしまえば、
ちゃんと作物を育てて収穫するのは、難しくなるでしょう。
それでも立派に育つ作物の品種が開発されて、食料は増産され、
不足する栄養素は、工場で生産して体内に取り入れる!
かくして自然界に生き物がいなくなっても、
人間とネズミとゴキブリだけは、逞しく繁栄する?