人生の時間割
昨夜は友人からカラーセラピーの人を紹介されて、
妙に話が弾んで、夜遅くまで話し込んでしまいました。
その間にドリンクバーの珈琲を飲み過ぎたせいもあるのか、
最近には珍しく、真夜中まで起きてしまったので、
今朝は久しぶりに、9時近くまで寝てしまいました。
今日は一日中、特定の予定が入っていない日でもあるので、
それでは!と思い、お盆前のお墓の草刈りに行きました。
今年は17日頃に姉が来て、月末に兄が来る予定で、
兄姉そろっての墓参りには行けないことになりますが、
お盆には、僕の知らない親戚関係の人も墓参りに来るので、
少しはきれいにしておかないと、心配されてしまいます。
僕自身は、死後のお墓などにあまり関心はないのですが、
信心深かった両親の心をないがしろにするわけにもいきません。
僕兄姉の誰かが井波に住んでいる限り、お墓参りは続きます。
午前中でも、体を動かしているとすぐに暑くなりますが、
自然農の草刈りになれてきているので、素早く草を刈り終え、
植木の手入れも簡単に済ませて、後は墓参り当日とします。
家に帰って、ぬるめのお湯でシャワーを浴びて一休み。
昨夜のカラーセラピーの話を思い出していました。
その話自体は、驚くような内容ではなかったのですが。
自分が気付いていながら、動かないでいると指摘されました。
僕は子どもの頃から、変化することを受け入れて生きてきた。
どちらかと言えば、過去にしがみつくことをしないで、
むしろ常に新しい事態を求めて、前しか見ないで生きてきた。
だからこそ、毎年新しい何かを始めながら満足していない。
でもこの人生の全体を通して、自分にはやりたいことがある。
人に理解されようとされまいと、やらずにはいられないこと、
それは自分とは何か、世界とは何かを表現することです。
20代に一冊の本を出し、ある新人賞候補にもなりましたが、
傍若無人に好きなことをしながら、旅の人生を続けていました。
30代に就職して、12年間のサラリーマン生活を経て、
40代で会社を辞めた後、2冊の本も出していますが、
まったく売れることも話題になることもありませんでした。
それでも作品は書き続けていたし、書きたいことはあるのです。
その何かを、カラーセラピーの人に指摘されたのです。
考えてみれば、人生で学びの午前中はとっくに終わって、
外へ出て歩き回る午後の活動も、いつのまにか終わっている。
そして今こそ、夕日を見て一日を振り返る時間かもしれない。
自由に生きて、自分が一番やりたいことをやればいい!
そのためにこそ、世界を知っておく必要があったのですが、
たぶん、僕はもう世界の秘密も知っているのです。
そろそろ次の段階へ、踏み込む次期なのかもしれません。
妙に話が弾んで、夜遅くまで話し込んでしまいました。
その間にドリンクバーの珈琲を飲み過ぎたせいもあるのか、
最近には珍しく、真夜中まで起きてしまったので、
今朝は久しぶりに、9時近くまで寝てしまいました。
今日は一日中、特定の予定が入っていない日でもあるので、
それでは!と思い、お盆前のお墓の草刈りに行きました。
今年は17日頃に姉が来て、月末に兄が来る予定で、
兄姉そろっての墓参りには行けないことになりますが、
お盆には、僕の知らない親戚関係の人も墓参りに来るので、
少しはきれいにしておかないと、心配されてしまいます。
僕自身は、死後のお墓などにあまり関心はないのですが、
信心深かった両親の心をないがしろにするわけにもいきません。
僕兄姉の誰かが井波に住んでいる限り、お墓参りは続きます。
午前中でも、体を動かしているとすぐに暑くなりますが、
自然農の草刈りになれてきているので、素早く草を刈り終え、
植木の手入れも簡単に済ませて、後は墓参り当日とします。
家に帰って、ぬるめのお湯でシャワーを浴びて一休み。
昨夜のカラーセラピーの話を思い出していました。
その話自体は、驚くような内容ではなかったのですが。
自分が気付いていながら、動かないでいると指摘されました。
僕は子どもの頃から、変化することを受け入れて生きてきた。
どちらかと言えば、過去にしがみつくことをしないで、
むしろ常に新しい事態を求めて、前しか見ないで生きてきた。
だからこそ、毎年新しい何かを始めながら満足していない。
でもこの人生の全体を通して、自分にはやりたいことがある。
人に理解されようとされまいと、やらずにはいられないこと、
それは自分とは何か、世界とは何かを表現することです。
20代に一冊の本を出し、ある新人賞候補にもなりましたが、
傍若無人に好きなことをしながら、旅の人生を続けていました。
30代に就職して、12年間のサラリーマン生活を経て、
40代で会社を辞めた後、2冊の本も出していますが、
まったく売れることも話題になることもありませんでした。
それでも作品は書き続けていたし、書きたいことはあるのです。
その何かを、カラーセラピーの人に指摘されたのです。
考えてみれば、人生で学びの午前中はとっくに終わって、
外へ出て歩き回る午後の活動も、いつのまにか終わっている。
そして今こそ、夕日を見て一日を振り返る時間かもしれない。
自由に生きて、自分が一番やりたいことをやればいい!
そのためにこそ、世界を知っておく必要があったのですが、
たぶん、僕はもう世界の秘密も知っているのです。
そろそろ次の段階へ、踏み込む次期なのかもしれません。