環境保護を願う理由

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人生を自由に生きてきた中で、
沖縄の海との出会いは大きいのです。
北陸の重い藍色の海しか知らなかった僕は、
まず珊瑚礁の明るい海の色に驚きました。

それから石垣島に住み着いて、
ロック喫茶のマスターと親しくなり、
あちこちの浜に連れて行ってもらいました。
シュノーケリングを教えてもらって、
遊びながら、ウニや貝を捕るのが目的です。

でも本当に感動した海との出会いは、
新城島アカマタクロマタを見に行ったとき、
待ち時間に潜ってみた珊瑚礁の世界でした。
浜のすぐ近くの海に入っていくと、
遠くまで透明な海水の中に広がった、
きめ細かな珊瑚礁の色と造詣の美しさ!
そこに育まれた多種多様な生き物の世界!

それ以来僕は、美しさと出会う感動を求めて、
命懸けであちこちの海を潜るようになったのです。
沖縄での生活を切り上げて、旅を続けながら、
それでも毎年夏には、珊瑚礁の海へ行って暮らす。
これが僕のお決まりのパターンになりました。

だけど何年もする内に島の開発が進められ、
土壌改良では赤土が流れ出して珊瑚礁を覆い、
化学肥料や農薬で海そのものが汚染されていく。

自分が見つけた美しい海を人に見せたくて、
毎年誰かを誘って連れて行っていたのですが、
見せようとした珊瑚礁が滅んでいたりすると、
とても深い、失望感を持つようになったのです。
つまり自分が感動したものを人に見せて、
人が同じように感動してくれると嬉しかった!

どんな感動も、自分ひとりでは小さくて、
誰かが同じように感動してくれたとき、
喜びは爆発的に大きくなるのだと知ったのです。
自分が味わった感動と喜びを、後世にも伝えたい。
そうでないと、大きな喜びが途切れてしまう。
そう感じたのが、環境保護を考えるきっかけでした。

珊瑚礁の美しさとは、命の自然な美しさであって、
同じような美しさは周囲の至るところにある。
それが当たり前すぎて、失われてからでないと、
人はその美しさや豊かさの価値に気付かないのです。

幾度も絶滅の危機を乗りこえてきた珊瑚礁です。
赤土や化学物質による汚染は対策が打てましたし、
オニヒトデによる危機は多くの人手で回避できた。
でも今度の地球温暖化による水温上昇の危機は、
もうどうにも手の打ちようがないのです。
水温がこれ以上あがれば、沖縄の珊瑚礁は滅びます。

僕の人生で最も感動した出会いの場所が失われる。
それはこれから生まれてくる子どもたちにだって、
多くの感動を分かちあえる場だったはずなのに、
人はそんなに環境を破壊してまでお金が欲しいのか?
そうやって稼いだお金で、一体何がしたいのだ?

経済的利権を損なわずに環境対策をしたい政府よ!
世界はもうそれ以上のものを失いつつあるのですよ!
その危機感によって、EUが世界標準になるのですよ!


写真は、平野浜の朝の様子を写したものです。