最後の審判まで・・・

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温度の上がった鍋の中で、少しずつゆだっていくカエルは、
早めに逃げようと思えば逃げられたのに、自分だけ涼しい場所を求めて、
やがてほかのカエルと喧嘩を始め、ついには全員がゆだって死ぬ。
地球温暖化が始まったときに、そんなエピソードが紹介されていたのを、
他人事の話しとして聞いていた人が、多かったのではないかと思う。
それがもう現実の未来として、今ここに実現しつつあるのかも知れません。

十数年前に僕らは、この自滅へ向かう社会を方向転換させたいと考え、
様々な勉強会を開きながら、自らの生活も問題を起こさない方へ変えてきました。
生き方を考えるとは、単に自分の自由意志による暮らしを求めるだけでなく、
持続可能な社会の実現に向けて、まず自らの生き方を正す事でした。
お金の問題に気づいて、少しずつお金に頼りすぎない暮らしを目指したり、
なるべくエネルギー消費の少ない暮らしで、環境負荷を減らしてきた。

しかしいくら自らを正しても、社会の方向性は変らないままで、
温暖化は容赦なく自然環境を壊し、凶悪な姿を現し始めているようです。
「海の日」から続く異常な高温の日々は、「山の日」頃にいったん収まっても、
蓄積された熱は、どこかでその発露を求めて蠢いているはずです。
巨大なハリケーンになるか、熱波になるか、猛暑日の積み重ねになるか、
やがては大量の氷河や極地の氷を溶かし、海水面も上がってくるでしょう。

数年前までは、今ならまだ間に合うから生き方を変えよう!と言って、
世界中で様々な試みが行われ、楽観的な考えの人が多かったように思います。
だけど現実はそう甘くはなくて、大量のエネルギー消費は止まることなく、
さらに大地震や火山噴火なども伴って、地球は明白にヒートアップしてきている。
もはや社会を変えることは叶わず、僕らは結果としての異常気象に翻弄され、
戦争と同じように、多くの人が災害によって死んでいくのを見るしかない。

今日もまた39℃の予報が出されて、命の危険に関わる猛暑になるとか、
そうした高エネルギー消費社会に抵抗した者は、真っ先に弱っていく時代。
弱ったカエルを踏み台にして、なんとか息を繋いでいる人たちも、
そう遠くない将来に、温暖化に首を絞められて息が絶えていくでしょう。
大きく環境が変った地球は、人類がそれをもたらしたにもかかわらず、
人類などどこ吹く風で、新しい時代に向けて動き出したのです。

そして僕らがどう生きるかには、新たな哲学的意味ができるのです。