政治とハート形さつまいも

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スーパーに並んでいる野菜を見ると、いかにも形が揃っており、
野菜とはそんなものだと思いがちですが、自然農だけには限らずに、
実際に野菜を作っている現場では、もっといろんな形に育ちます。
以前にもこのブログで、色っぽい形をしたニンジンなど紹介しましたが、
今回はサツマイモで、きれいなハート形に育ったものをお見せします。

だから何だと言われても困りますが、こうした形は面白いもので、
形がいびつだったり不気味だったりすれば、悪い兆しとされやすいし、
逆に四つ葉のクローバーのように、奇形が幸運の印となることもあります。
そうするとこのサツマイモは、きれいなハート形をしていますから、
やっぱり何か、良い兆しを示していると考えたくなるのです。

こうした原始的な吉兆占いは、やがて複雑に体系づけられて、
時代や場所によっては、それで政治運営がされたりもしたでしょう。
日本における多くの祭事で、その中心的神事に占いが多いのも、
わかるような気がするし、それだけ人は次に起きることを心配します。
未来を心配しながら、今を生きていると言っていいのです。

現在の日本では、政治は昔のように吉兆占いでは決めませんから、
選挙によって選ばれた政治家が、政権を担って運営するものとなります。
人が理性的に決める政策ですから、昔の吉兆占いとは大いに違って、
あまりおかしなことは出来ないし、結果には必ず責任が付いて回るのです。
だけど日本では、この責任のことがあやふやになることが多い。

最近では福島での原発事故で、誰一人責任を取らずに幕引きが計られ、
責任の所在を巡っては、裁判で争われている現実があるのですが、
実際に多くの利益享受者によって、責任は限りなく分散されている。
こうした責任所在の分散は、独裁政治には普通に見られることで、
実力のない責任者が大量に作られ、ことあるごとに足切りされるのです。

それも大きな政治運営には、必要であることもわかりますから、
足切り事態が悪いとは思いませんが、だからこそ大切なことは何か、
常に考えている必要があるし、選挙などもそうした判断が不可欠でしょう。
選挙でも大切なのは、どんな政権運営しようとしているかってことで、
政党政治であれば、その政党が掲げる理想が議論される必要がある。

しかしながら今の政治は、誰が何をやろうとしているのか、
言葉の数に反比例して、まったくわからないのが現実でしょう。
個人と政党の関係も、当選するための利害関係でしかなくなっているし、
党が掲げる政策なんて、どこ吹く風で反故にされることも多い。
せめて選挙で掲げた政策を反故にする人には、投票したくありません。