成人式ラブソディ
成人式を週曜日で設定するのにあきれてみても、
現代の成人式は歴史など関係ないのだから仕方がない。
学校教育で培ったロボット型人間形成の総仕上げの儀式、
そう考えれば、反発する若者が出てくるのもあたりまえ。
20年前、30年前にだって、反発する若者はいた。
だけど僕らが若かった頃の「反発する若者」は、
役人が設定した成人式の会場へ行くこともイヤで、
そうしたものには参加しないで好きなことをしていた。
今の若者がわざわざ体制が用意した場所へ行くのは、
どうしてなのだろうかと、その方が疑問だったりする。
でもよく考えてみれば、理由がわからないではない。
30年前には、社会の管理はまだ進んでいなかったし、
若者が自分の裁量で自由に出来る世界がまだ残っていた。
だけど現代社会を見回してみると、そうはいかない。
どこへ行くのも何をするにもルールが決まっていて、
社会生活自体がゲームのようなものになっている。
設定から自由な発想など思いもつかない若者たちは、
誰かが用意したフィールドへ出ていって暴れ出す。
成人式に出てきて暴れる若者に対して管理人が言う、
「みんな我慢しているのだから君たちも我慢しろ」は、
ひたすら我慢して権力を擁護しろと言う本音丸出しだ。
我慢なんかしなくていい、自分で未来を切り開け!
現代の成人式は歴史など関係ないのだから仕方がない。
学校教育で培ったロボット型人間形成の総仕上げの儀式、
そう考えれば、反発する若者が出てくるのもあたりまえ。
20年前、30年前にだって、反発する若者はいた。
だけど僕らが若かった頃の「反発する若者」は、
役人が設定した成人式の会場へ行くこともイヤで、
そうしたものには参加しないで好きなことをしていた。
今の若者がわざわざ体制が用意した場所へ行くのは、
どうしてなのだろうかと、その方が疑問だったりする。
でもよく考えてみれば、理由がわからないではない。
30年前には、社会の管理はまだ進んでいなかったし、
若者が自分の裁量で自由に出来る世界がまだ残っていた。
だけど現代社会を見回してみると、そうはいかない。
どこへ行くのも何をするにもルールが決まっていて、
社会生活自体がゲームのようなものになっている。
設定から自由な発想など思いもつかない若者たちは、
誰かが用意したフィールドへ出ていって暴れ出す。
成人式に出てきて暴れる若者に対して管理人が言う、
「みんな我慢しているのだから君たちも我慢しろ」は、
ひたすら我慢して権力を擁護しろと言う本音丸出しだ。
我慢なんかしなくていい、自分で未来を切り開け!